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“たてにげ。”

作:眼帯兎






 空には当然のように月が輝いている。  それは満月ではなく、一つだけ欠けた十六夜月だった。  欠けているといっても月の光が和らぐ訳でもなく、香霖堂はいつもと変わらず、月明かりに照らされていた。  一つ変わっていることがあるとするならば、主人である霖之助が珍しく夜に外へ赴こうとしていることだろうか。  普段、彼は散歩と称した外界の道具探し、所謂ガラクタ探しを行うのは昼が多い。  理由は単純で、昼の方が明るく、見逃すことも無いだろうという単純なものだった。  それならば、何故今日になって彼は夜のうちに外へ赴こうというのか。  この理由も単純で、久しく眠りすぎた霖之助は昼の予定を、暇を持て余す夜に宛がったのである。 「これだけの明かりがあれば、平気だろう」  それは妖怪に怯えて溢したものではなく、当然、道具を見つけることである。  小さなランプを手に、霖之助は月の下を歩み始める。  こんなに月が綺麗なのだから、何か良い物に巡り会えるだろうと思いながら。  半刻ほどの時が過ぎて、霖之助の手には未だにランプの他に何も無かった。  つまりは、収穫はなしということである。  それでも落ち込む様子も見せず、霖之助はゆっくりと、引き返すための道を選び始める。  人間以上の時間を持つ彼は、そこまで生き急ごうとは思っていないのだ。  そして、月の良く見える道を選び引き返すとき、霖之助は違和感を覚えた。 「……足音が消え――」  言葉さえも消えて、霖之助は辺りを注意深く探っていく。  恐らくは、妖精の類だろう。  此処まで来て面倒事は文字通り面倒だった。  妖精は注意深い者には手を出そうとはしないものなのだ。  その為に行った行為は、予想外の結果をもたらした。 「何をしているんだい?」  目の前の木の陰には、金糸のような髪を揺らす妖精が居たのだ。  とっさに逃げようとする妖精を眺めていた霖之助だったが、その手に握られたものを見て気が変わった。  緩慢にも見える動きで、しかし確実に妖精を摘むと、ゆっくりと引き寄せる。 「……何よ」 「手に持っているものを、見せてくれないかい?」  妖精の人形のような手には、ガラスケースのようなものがあった。  霖之助は目の前で首を横に振る妖精に礼を言って、ガラスケースを取り上げる。 「これは……」 「返しなさいよ!」 「月の石だね」  名称は月の石、の販売用の偽物。霖之助の能力で分かったのはそれだけだ。 「月の石なの?」 「そうだね、ほら、此処に書いてあるじゃないか」  ガラスケースの隅には、掠れた文字で月の石と書かれていた。  子供騙しであるそれを、妖精は輝くような瞳で見入っている。 「放して、そして返してー」  そして、気付いたように妖精は言って、暴れ始める。  霖之助も、もはや興味はなくなり、素直にそれに従った。  妖精は、そのことに驚いているようだった。 「それは、何処で見つけたんだい?」 「原っぱ、十六夜月だから……探してたのよ」  十六夜月だから、その言葉に、霖之助は眉を顰める。  妖精はそれを見ながら、得意気に話し始めた。妖精はとても扱い安いものである。  「月の欠片が降り注ぐ十六夜の時には、月の落し物が見つかりやすいのよ」 「……そうかい。それで、きみはそれらを集めてどうするんだい?」 「ここをね、地上の月にするのよ!」  霖之助が尋ねると同時、妖精は嬉しそうに笑って、高々と言った。   大人しいようなイメージを与える妖精だったが、どうも思い違いであったらしい。 「それは、おもしろいね」 「……え?」  霖之助は、ただ単純にそう言った。  馬鹿にするわけでもなく、名案だと驚くわけでもなく、ただ面白いと。  目の前で妖精の瞳が揺れている。 「本当にそう思うの?」 「ん、面白くはないのかい?」 「……いいえ」  妖精はもう一度、いいえと呟いて、笑顔を霖之助に向けた。 「最高に、面白いんだから!」  ◆  月日は止まることなく回り続ける。  もしもそれが停滞したとしたら、月も日も慣性を失って落ちてくるのではないだろうか。  勿論、そんな非現実的なことは幻想郷であっても起きることはないし、月日が停滞することもない。  故に、十六夜はやってきた。そして、時が過ぎれば止まることなく世界の端から落ちていって、昇る時を待つのだろう。 「また、会ったね」  空には月が薄く見えるが、まだ日は沈みきっていない。  そんな紅く染まる景色の中、香霖堂の窓枠に妖精は座っていた。  金糸のような髪は紅を交えて、ロールされた部分はまさに黄金のように見える。 「……あなたも、探しているんでしょう?」 「売り物をね」 「それじゃあ、その……一緒に、行かないかしら?」  途切れ途切れに提案されたそれは、とても珍しいことであった。  妖精は自分勝手であり、人間に分類されるものに関わるときは悪戯のときくらいなものである。  そんな存在が、恐らくは協力しようと言っている。  妖精にそこまで考える脳みそがあることに、霖之助は驚きを隠し切れなかった。 「なんで、お誘い頂けたのかな?」 「……面白いって言ってくれたの、初めてなのよ」  一ヶ月も前のことだ。当然、霖之助は何のことだか覚えていない。  それに気付こうともせず、妖精は照れたように顔を背けていた。  霖之助はただ、妖精の誘いを吟味している。  妖精程度ならば、珍しい一品を発見した時に騙し取ることも出来るだろう。  故に、霖之助は答えを決めた。 「分かった、それじゃあ行こうか」  森近霖之助は乙女心に疎い。  故に、妖精が照れたように目を向けてくる事にも関心を抱かない。  先行して飛んでいた妖精が、慌ててスカートの端を抑えて睨みつけてきても、疑問を抱かない。 「ルナチャイルド、ルナって呼びなさい」 「そうか、僕は香霖って呼んでくれるといいよ」  微笑んだ瞬間、名を呼んだ瞬間、目が合った瞬間。  ルナチャイルドと名乗った妖精が、嬉しそうに、恥ずかしげに、照れたように頬を染めても何も思わない。  そして、十六夜月も沈むという頃。  ルナチャイルドは拾い集めたガラクタ、霖之助と彼女にとってだけ特別なそれを半分よこして来た。  異存は無く、霖之助もそれを受け取る。 「それじゃあ……」 「次の十六夜に」 「……また会いましょう、香霖」  森近霖之助は乙女心に疎い。  故に、恥ずかしそうに身を寄せて、ルナチャイルドが唇を合わせても。  純粋な笑顔と共に、頬の朱を深いものに変えて逃げ帰ったとしても。  小さな妖精の悪戯程度にしか思わない。  小さな勇気の篭った好意でさえ、彼には届かない。  かくして霖之助は、十一人目のフラグを立てたのであった。  了


■作者からのメッセージ  はははこやつめ。  最早東方は香霖無双と化した、ヤツの鈍感主人公補正の前に敵は居ない。  11人分のフラグですが、よろしければこちらを参照してください→ ■フラグリスト  事の始まりは霖之助SSを書くために他の方の作品を見ていたんですがね。  幻想郷で登場している男性キャラでも情報が多いからかカップリングも多くてですね。  気が付くと、ラブコメの鈍感主人公のようで小憎らしいなぁと微笑ましく思いながら書いていました。  ……ふんどしとは思えない格好良さ、それが霖之助クオリ8ry  拙い作品をここまでお読みいただき、ありがとうございました。



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