“月と地球のお宇佐さま”

作:眼帯兎






 第一印象は好きになれない奴だった。  変な癖のついた耳に見慣れない堅苦しい雰囲気を持った服装。  他とは違うという部分は、そこまで気になるものではない、十人十色だ。  それでも、その第一印象が崩れることは無かった。  私はレイセンの、無理した笑顔が嫌いだったのだ。  ■ 「レイセンです、皆さんよろしく」  月から堕ちてきたと噂されていた彼女、レイセンは姫の愛玩物として此処に住むようになった。   笑顔と共に自己紹介がなされる。友好的なその笑顔とは裏腹に、名前以外は自分のことを何も語らなかった。  一目見れば、嘘吐き因幡の私には解る、レイセンは他の何も信用していない。  それでも気にはならなかった。自分には、何も関係ないように思えたのだ。  日々が過ぎていく、レイセンも地上に馴染む為に鈴仙と名を変えた。  人目には地上にも慣れて、因幡達とも仲良く過ごしているように見えただろう。  しかし、私の目から見れば鈴仙は初見の頃から何も変わっていない。  家事は率先して一人でやっていた。  周りは思いやりがあるだとか言っていたが、違う。  明らかな拒絶、見えないくせに存在感のある壁、作り笑い。  笑顔の因幡に囲まれながら歩く鈴仙の笑顔は、どうしようもなく無理がある。  だからだろうか、私は次第に彼女を気にするようになった。  好意ではない興味は不快な気持ちを無限生産していく。  そして、ついに私という皮袋は不満で膨れきってしまった。 「ねぇ、あなた」 「てゐちゃん、だっけ。何かな?」  苛々とした気持ちが積み重なって、私は始めて鈴仙に声をかけた。  細い火だけが照らす薄暗い廊下で向き合い、気づく。  返ってきた笑顔は、完璧な作り笑いだった。  埃臭い古木の匂いに包まれた空気が淀んでいるようにすら感じる。  吐き気がするその笑顔に冷笑を溢しながら、私は簡単に要件を告げる。 「楽しい? 此処に居てさ。月から逃げ出して」 「――え」  不快が消えた。  今にも泣きそうで、今にも激情に塗りつぶりされそうで、今にも死にそうな、無表情。  歪みすらしないその顔が、私の不満を消していく。  同時に、どうしようもない喪失感と自己嫌悪が同じ分だけ皮袋を膨らませた。 「あんたの作り笑い、吐き気がするよ」  それでも、言葉は止らない。  止めてはいけないと、嫌悪ではない感情が言っていたのだ。  いつも被っていた愛用の猫を脱ぎ捨てて、私は鈴仙へと向う。 「こうやって取り入ってたから、どうも私は姫のお気に入りみたいでね、聞いたんだよ」 「……そう」 「永琳様はそんなところを見抜いているようだけど、あの人の考えてることはわからないね」 「……そうだね」  俯きかけた鈴仙の顔は陰になってよく見えない。  ただ、口元で笑みの形に歪む唇だけが、異様なほどにはっきりと見えた。  不味いなと思ったときには遅く、既に肩に痛みを感じると同時に壁へと打ち付けられた。  肺の中の空気と共に咳き込み、鈴仙の顔を見上げてやる。  その時、私は思ったのだ。  ――鈴仙は誰よりも、幸せになるべきなのだ、と。 「笑えると思うの? あそこから逃げ出して」 「……知らないわ、私は戦争なんて関係ないもの」 「そうね、教えてあげるわ。戦場では弾幕ごっこなんてお遊びのようなルールは無い。手加減の無い死、避けられない死、タイムアウトも無い死で溢れているの。目の前の人影が死んで自分じゃなくってよかったなんて感じてしまう自分がいる。その後に踏みしめた肉塊が親友だって関係ないのよ!逃げ出したって、その後に幸せを求めたって、私は何も悪くないじゃない!」  肩口を掴む手の力が、腕が千切れてしまいそうなほど強くなる。  紡がれた言葉は自己弁護の内容なのに自己嫌悪を交え、攻撃的で自虐的なものだ。  鈴仙は誰よりも紅い瞳を真っ赤にして泣いている。  泣いているくせに、作り笑いの残留で口を大きく歪めていた。 「悪くなんかないわ、笑えばいいじゃない」 「……え?」  それが何より哀しくて、それが何より愛しくて。  両手の動かない私は、唯一自由な口で、そっと鈴仙の頬を伝う涙を舐め取った。  笑みが止る、涙は薄くなる。代わりに、嗚咽だけが流れ始める。 「ここは墓場ではないもの、今ここでしか出来ないことを、笑うことをしなさいよ」 「でも、私は……」 「悪くなんかないわ、罪なんてないわ、だから笑っていてもいいの。私が隣にいるのよ? 笑わなきゃ可笑しいじゃない」 ――家族でしょう?  恥ずかしく思いながらも、自然と言葉は出てきた。  未だに鈴仙は戸惑い、手も離してまごまごしている。  本当に、苛々とする奴だった。 「でも、私月の兎だし……!」 「兎じゃん」 「でも皆、私は耳が違うとか……」 「十人十色よ、耳が四角い奴だって中には居るわ」  これは嘘だった、それでも、変な癖を持った奴なら大勢知っているから嘘とも言い切れない。  笑いながら、からかうようにくしゃくしゃの耳を撫でてやる。  あぁなんだ、普通の耳じゃないか。呟くと、また嗚咽が聞こえてくる。  苛々する、一発殴ってやりたいところだった。  それでも、顔を覗きこんでその気持ちも消えた。 「――ありがとう」  作り笑いの消えた純粋な泣き顔がそこにある。  しかし、生憎私には誰かを抱きしめてやるような広い心なんて無い。  ワンピースのポケットから筆を取り出し、手で弾いて鈴仙の額を強打した。  そして、うぐっ! と奇妙な声で唸る鈴仙を笑いながら廊下を後にする。  後ろの方で運悪く掴まった因幡が鈴仙に泣きつかれているのを聞きながら、私は軽く目を擦った。  かゆいだけと思っていた瞳は、何故か冷たい雫がついていた。  裏切りなんていう罪は所詮時間でしか解決できない。その間を、どうやって過ごすかしか違わないのだ。  鈴仙のような奴は恐らく悩み苦しみ、表は騙して生きていくのだろう。  そんな嘘吐きを、私はけして認めてやらない。  どうせあんな生真面目馬鹿は最後には向き合うしかないとちゃんと気づくのだから。  今は、偽りでも笑っていればいい。それが出来ないなら素直に嘆いていればいいのだ。  さて、お手並み拝見と行きましょうか、鈴仙ちゃん。 ■  あれから数日とたったころだろうか、目を真っ赤にした鈴仙が嬉しそうに笑っていた。  作り笑いはもうなかった。少しは、向き合う気になったようである。  私だけのおかげとは思わない。そこまで自惚れてはいない。 「てゐちゃん、私ね、師匠から名前を貰ったの!」 「ふぅん、どんなのですか?」 「優曇華院ですって!」 「……優曇華、ですか」  恐らくは永琳様にも何か言われたのだろう、その証拠に目は前より腫れて真っ赤である。  そんな、私なら恥ずかしくて人に会えないような顔で、鈴仙は嬉しそうに笑っていた。  再び投げ捨てた愛用の猫を被って答えながら、私は思う。  私の能力では幸せにはしてあげられあいけど、この子には幸せになって欲しい。  いつしか私は、鈴仙に惚れ込んでいるようだった。 「あら、二人とも仲がよさそうね」 「あ、師匠」  ぱっと、鈴仙は赤く晴れた目を恥ずかしそうに隠す。  自分には見せなかったその反応が、何となく面白くない。 「こんなに目を腫らして、れいせんちゃんは泣き虫だわ」 「あぅ、てゐちゃん……」  だからだろうか、何となく苛めてみると、永琳様の唇が妖しく歪められた。 「あら、てゐも人のことは言えないでしょう?」 「え?」  不味いと思ったときには既に遅かった。最近の私は少々迂闊過ぎたのだ。  首を傾げる鈴仙を前に永琳様は本当に楽しそうに言う。 「私からウドンゲのことを聞いたとき、顔をぐちゃぐちゃにして泣いていたのは誰かしら」 「――っ! 永琳様!」  思わず声をあげてしまった。鈴仙の目が私に向けられる。  唯一、鈴仙の昔話を知っている因幡は私だけだ。  羞恥に顔が染まっていくのを感じる。喉から熱風が上がってくるような感覚だ。  しかし、私が予想していた反応は返ってこない。  鈴仙は本当に嬉しそうに、私の頭へ手を伸ばしてきた。 「ありがとう……てゐちゃん」  ふわりと、綺麗な指が耳と髪を通っていく。  心地良く感じながら見上げた顔はまたも泣き顔。そのくせ見たことも無いほど綺麗な笑顔だった。  その時、私は思ったのだ。  ――鈴仙ちゃんを誰よりも、幸せにしてあげたい、と。  了


■作者からのメッセージ 「そういえば、てゐって時々凄く大人っぽいよね」 「え? そりゃあ永遠亭で三番目に年長者ですからね」 「――え?」  さて、それは嘘か真か。年齢不詳の詐欺兎は理解に難い。 ■  というわけで、鈴仙が来て優曇華院が与えられるまでのお話でした。  この後月から電波が来て傷口抉られるわけですね、あっはっは。  今回は一字空けは読みにくいとの御指摘を頂いたので、試しに詰めてみました、どうなんでしょう;;  自分としては、一文字空けは読みやすくする為のものだったのですが……もっと精進していく所存です。  実験作ということで本来ならプチに該当する短いものを投稿することをお許しくださいませ。  さて、あとがきはこの辺で終わりとしまして、暫しのお別れとなりましょう。  このような短い拙作にお目通し頂き有難うございました。



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