“甘い紅茶に恋する少女。”
作:眼帯兎
太陽が顔を覗かせて、星達は眩しいそれに身を隠し、逃げるように夜が散っていく。
広大な空の国を朝が占領し、小鳥が勝鬨をあげるように囀る。
気持ちの良い朝だった。故に、魔理沙は悠然と空の散歩を楽しんでいる。
とはいっても疲れた目に日の光は眩しくて、眼下の緑に癒しを求めて視線を下げた。
そこには、見慣れた一つの館がある。素直じゃない、人形使いが住む場所だ。
不意に、館の主が目に入る。窓枠の中、酷い顔で俯いているのはアリスという名の魔法使いだ。
「……またか」
魔理沙の顔にも影が落ちる。それはきっと、友人と言えなくもない人物の顔を見たからだ。
それを言い訳にして、魔理沙は高度を下げていく。
寂しがり屋の彼女を笑顔にする代わり、紅茶の一つも入れさせる為。
◆
私は、霧雨魔理沙が嫌いだ。
いつもと同じ日だ。研究をして、昔を懐かしむように人間と同じ生活もして。
長い時間を人形と過ごし、一人を感じた頃、彼女はやってくる。
耳を澄まし、目を閉じると、聞きなれてしまった声が微かに響いてきた。
溜息が出ると同時、私は椅子から腰を上げ、長時間固定された足が悲鳴を上げるのを聞いた。
窓を見れば日は昇り、小鳥も囀る時間だ。人の家を訪ねるには、非常識と言わざるを得ない。
私はぼやきながらも、人形に紅茶の用意をさせながら勝手口へと歩みを進めていく。
たしか、クッキーの残りもまだある筈だ。焼きたてでないことは、あちらの無遠慮が悪い。
そんなことを思いながら、私は大嫌いな友人の為に扉を開けた。
「よぉ、アリス」
「……何かしら」
予想通り、悪びれた様子もなく、魔理沙は立っていた。
遠慮を知らない彼女に憤りを覚えながら、慣れてしまった自分は部屋へと通す。
「相変わらず、気味の悪い館だぜ」
「あら、意外と恐がりなのね」
開口一番の悪口に、とびきりの皮肉を返す。
魔理沙は、自分の弱みを隠したがる為、これが一番の皮肉なのだ。
彼女の顔は不機嫌そうに、そんなことないと膨れ上がる。
子供っぽいとからかえば、それこそ赤い風船のように膨らみ続けるだろう。
なんとも、可愛らしく、気に入らない友人である。
「それで、朝から来たのはどんな用事かしら?」
「……別に」
別に、ときた。もしも私が安らかな眠りについていたら、どうしてくれるのだろうか。
精一杯の避難の瞳を向けると、魔理沙は流石にばつが悪くなったのか、顔を背けた。
「ま、窓から偶然お前が見えたんだ。流石に、寝てるところに来たりはしないぜ」
「……見たの?」
「偶然だぜ。覗きの趣味は無い」
魔理沙が来る前、私はどんな顔をしていたのだろうか。
恐らくは、情けない顔をしていたのかもしれない。泣いては、いなかったと思う。
だとしたら、彼女は気を使ってくれたのかもしれない。とても不器用なそれで。
もちろん、何も考えていないという場合もある。むしろ、そっちの方がしっくりときた。
「……おかわり」
「はいはい」
それでも、気が紛れたことには変わりない。
そんな緩みかけた感情を、私は頭を振って散らしていった。
私は、霧雨魔理沙を嫌っていなければならない。
今と同じ、友人として。
それなのに、魔理沙は私の心の中を進んでいく。
どうしようもないほどに、私の胸の内を埋めていく。
だから、仕方のないことだったのではないだろうか。
弁解の余地はない、これはきっと間違っていることなのだ。
それでも、私にはもう、こうするしかなかった。
お替りを要求する魔理沙に苦笑して、人形を使わずにキッチンへと入っていく。
「ごめんね、魔理沙」
罪の告白は届くことなく、空気の中に散っていく。
温めたカップに入れたばかりの紅茶を注ぎ、角砂糖を二つ。
そして、ミルクの代わりに、透明な薬を注ぐ。
魔法使いとして当然の所業。欲しいものを手に入れるために、当然の手段。
私は、魔理沙が欲しかった。
「はい」
「あ、あぁ……ありがとう」
何も知らずに、魔理沙が紅茶を受け取る。
心を侵す、忌み嫌われた恋の薬を、何の疑いもなく覗き込んでいる。
私は耐え切れずに目を伏せた、今更後悔などもして見せた。
もう、後には引けないというのに。
そして、私は自分の紅茶に口をつけて、顔を歪める魔理沙の顔を眺めていた。
ゆっくりと身体が倒れていく、視界が白い絵の具で塗りつぶされていく。
自分の身体が倒れているのに気づくと同時、私は意識を手放した。
◆
欲しいものは無理矢理にでも手に入れる。魔法使いとはそういう生き物だ。
他人のものが欲しくなったなら、魔法で騙し、力尽くで。
他人の心が、愛が欲しくなったなら、魔法で惑わし、力尽くで。
魔理沙は今、その生き方を後悔していた。
目の前に、欲しかった人の身体が苦しそうに横たわっているのだから。
明らかに、魔理沙が飲ませた薬が原因だった。
「アリス……」
名を呼ぶと同時、アリスの身体が僅かに動き、薄く目が開かれる。
魔理沙は安堵の息を吐きながら、ゆっくりと彼女を抱き起こした。
「……大丈夫か?」
「ん……なんで、あんたが此処にいるのよ」
寝起きの瞳には眩しいのか、アリスは小さなランプに目を細めながら呻く。
見たところ、異常らしきものは何も無かった。
そのことに、二度目の安堵を得て、ぎこちなく魔理沙は微笑む。
「紅茶、飲むか?」
「……ありがとう」
「いつもなら文句を言うのに、妙に素直だな?」
「え? ……あ、あんた、紅茶入れられたのかしら?」
照れ隠しだろうか、指摘された後に、アリスは俯いて皮肉を溢す。
彼女に珍しいことではない、今では微笑ましくも思っているそれに、魔理沙はただ微笑んだ。
「それじゃあアリス、また来るぜ……」
「また? ……そっか、そうね」
アリスの妙な返答に疑問を抱くこともなく、魔理沙は踵を返して戸を潜る。
きっとこの時、魔理沙はアリスに事情を説明しておくべきだったのだ。
異変に気づかないまま、時は過ぎていく。
思えばこの時、アリスは一度も、魔理沙の名を呼ぼうとはしなかった。
◆
「よぉ、アリス。もう良さそうだな」
「あぁ、あなたね」
いつも通りの挨拶と共に玄関を上がる。
隣に見えるアリスの顔は、いつも通り不機嫌そうに、無遠慮な魔理沙を見つめていた。
不意に、魔理沙の目の前を手が遮る。
突然のそれに魔理沙は驚いて、前のめりになった身体の反動に、思わず尻餅をついてしまった。
「勝手に上がらないでちょうだい、不躾だわ」
「な、なんだよ……アリス――?」
魔理沙は気楽に考えていた。今日は偶々、機嫌が悪かったのだと。
しかし、それはアリスの向けた冷たい視線の前に、無残にも砕け散っていく。
「私、あなたに名前を教えたかしら……」
「何言ってるんだ、冗談にしては性質が悪いぜ」
言葉が途切れる。
私を見下ろすアリスの目は、明らかに、他人を見るような目だった。
どうしようもないくらい、これが冗談ではないことは分かっている。
証拠に、アリスは不思議そうな顔で、私を助け起こすこともなく見下ろしているのだから。
それでも、確認してしまう。答えは分かりきっていて、それが心に突き刺さることを知っていたのに。
「知らない、私はあなたなんか」
「……そんな、嘘……だろ?」
愕然として、呻くように言葉を紡ぐ。
震える指を伸ばそうとして、魔理沙は異変に気がついた。
アリスの身体は小刻みに震え、頭痛を抑えるように手で顔を覆っている。
「……あれ、私は……あ?」
「――アリス!」
「……嘘よ、馬鹿」
言って、アリスは頭に手を添えたまま微笑む。
吊り上げた唇は笑みというよりは、苦しみに歪められたようで。
汗の滲む額は、痛みが本物であることを物語っていた。
長い付き合いで一つ分かったこと、アリスは嘘があまり得意ではない。
「アリス……私の名前、言ってみろ」
「何、言ってるのよ……」
「言えないのか?」
「……馬鹿なこと言わないで」
目に見えて狼狽するアリスに、魔理沙は容赦なく視線を浴びせ、先を促がす。
信じたくは無い事実がそこにある。できるなら、簡単に答えてほしかった。
「貴女は、あなたは……! 何で……」
それでも、アリスは、答えることができないようだった。
顔を伏せて、頭を振って尚、魔理沙の名を答えようとしない。
「……思い、出せない?」
「――アリス」
「あれ? ……誰よ、あんた」
そして、糸が切れてしまった操り人形のように、アリスは倒れた。
魔理沙は今、改めてその生き方を後悔している。
◆
「助けて欲しい」
その言葉に、パチュリーと居合わせた小悪魔は文字通り目を丸くしていた。
言葉の主の普段を知る者ならば、誰もが同じような顔をしただろう。
故に、図書館に漂う静寂に、魔理沙も指摘はしなかった。
「場合と利益によるわ。その様子を見るに、場合の方は相当のようだけど」
「……なんでもする」
「何でも、ね……」
ようやく本を手放して、鼻を鳴らしながら、パチュリーは目を細めた。
射抜くようなそれに魔理沙の挙動も僅かに強張るが、それを承諾の合図と受け取ると、前へ向き直る。
そして、勧められた紅茶と椅子を無視して、事情を説明し始める。
「……分かったわ。それで、何を飲ませたの? アリスに」
「基本魔法薬、二百十四番」
惚れ薬と言わなかったのは、僅かに残った羞恥心のせいだろう。
目を伏せた魔理沙には、パチュリーの顔は窺えない。ただ、溜息が一つ聞こえただけだった。
「顔、上げなさい」
「え?」
乾いた音が響くと同時、魔理沙は頬に熱が篭るのを感じた。
目の前では、パチュリーが無言のまま、手を上げていた。
「最低ね」
「……私は、魔法使いなんだぜ? 欲しいものを力尽くで手に入れて、何が――」
「パチュリー様!」
二度目の音は先よりも力強く、無音の図書館に嫌というほどに響いた。
「最低だと言っているのはそれではないわ。あなたが、アリスに、何も知らずに使った事。無知は大罪である、そういうことよ!」
早口で途切れなく話す彼女には珍しく、一言ずつ区切って言葉を飛ばしてきた。
その間に、魔理沙の頬には何度も平手が飛んでくる。
尻餅をついた魔理沙に、彼女は息を荒げながらも、手を止めることはなかった。
魔理沙の方も、避ける気がないのか、無言でそれを受け入れている。
「パチュリー様、お身体に障ります! お止めください!」
小悪魔の叫びに、ようやく音は止んだ。
パチュリーの息は荒く、叩かれていた魔理沙よりも顔色が悪い。
「止める理由は、そっちかよ……」
「当然です。パチュリー様がお手を上げなければ、私が叩いていましたよ」
微笑みを浮かべる小悪魔からは、明らかな怒気が感じられた。
図書館の冷たい空気の中、魔理沙には、目を伏せることしか出来ない。
「小悪魔、魔石を用意してちょうだい」
「パチュリー?」
「いつまで座っているの? 何もしないなら邪魔だから消えてくれる?」
「……すまない」
「アリスの為よ、お前だけなら、動こうとは思わなかった」
忙しく動き回る小悪魔を横目に、魔理沙は本棚を背に立ち上がる。
叩かれた頬は赤く染まり、痛々しい痕を残しているが、今は気にするまでも無かった。
パチュリーはローブを羽織ると、視線で外を示す。
無言のまま、魔理沙は頷いて箒に腰を下ろした。
「まったく、今日は喘息の調子が良くないっていうのに……」
◆
満月の二つほど前の夜、視力の悪い者には、満月に見えてしまいそうな月が輝いている。
月明りの差し込む寝室で、魔理沙は呆然とアリスを見下ろしていた。
朦朧とした瞳が虚ろに宙を泳ぎ、熱病に侵されたように、呻いている。
耳からは先の言葉が離れない。それが事実だということを、認めたくはなかった。
「原因は、分かっているわ」
「……何?」
「まだ分からないのかしら? 原因はあなたの飲ませた薬よ」
「そんなことは分かっている! でも、どんな失敗をしたのか……分からないんだ」
投げかけられた言葉に、魔理沙は耳を疑った。
そして、落胆と共に自分の不甲斐なさを改めて知る。
魔法薬は様々な効果を持つものを混ぜ合わせ、比率によっては思いがけない効果を持つこともある。
それは保存環境、湿度、温度、魔力量によって本来とは違った効果を生む事だってあるのだ。
桁も知れないほどの多様性を秘めた魔法薬の失敗は、そう簡単に原因を知ることはできない。
それは、魔女であるパチュリーも当然、知っているはずだった。
「失敗なんて、していないわ。それなら原因は明確でしょう?」
呆れたような声で告げられたそれは、魔理沙を愕然とさせた。
失敗はしていない。そこから導かれる答えに、心当たりが一つだけある。
いつか見た、薬の副作用の欄に書いてあった一つの文章。
「アリスはね、成功した惚れ薬のせいでこうなっているのよ」
「どういう、ことだよ」
「気付かないふりは無駄だから止めて。知っているでしょう? 既に想っている人物に、薬による強制力が加わったときの副作用」
「……そんな」
「アリスはね、貴女のことが好きだったのよ。霧雨魔理沙」
目の前で苦しむ姿。いつも隣に居てほしかった友人。
それが、愛情に変わったのはいつからだったろうか。
最初は近所の邪魔者で、いつしか話をする仲になって、共に戦ってからは何となく一緒に居て。
そんな人物が、欲しかった想いが、自分の手で壊れてしまったことに、魔理沙は愕然とした。
「私に相談するくらいだもの、彼女は悩んでいたわね、同性であることに。貴女くらいの愚かさが、彼女には必要だった」
「……知っていたのか?」
「気付かない方がおかしいわね。目に見えて、貴女の隣に居るときのアリスは違っていたわ」
パチュリーの鋭い視線は、無言で魔理沙を責めている。
その目は、何を見ていたのかと。何故、気付いてやらなかったのかと。
「そんなところに薬の強制力が加わった結果。彼女は強い想いを本能的に、忘却という行為で解決しようとした」
「……前例が、五つほど載っていたな」
「そうね、良く覚えているじゃない。全くの無駄になったようだけど」
的確な皮肉は刃のように鋭く、深く身体へと刺さっていく。
それでも、魔理沙には顔を歪めることさえ許されていない。
「何を、すればいい……私は、アリスに!」
「……不本意だわ」
平手の飛ぶ音が、再び夜空へと散っていく。
揺らめく瞳の色を、魔理沙は顔を歪めずに見つめ続けている。
今、魔理沙は何よりも、自分が出来ることを知りたかった。愛する人のために。
「不本意だけど、あなたにしか出来ない大事な役割がある」
言いながら、パチュリーは呪を紡ぎ始める。
魔女と言うだけはあって、魔理沙と言葉を交わしながら、器用にも正確な魔法を作り上げていく。
補助の為の魔石が月の光を取り込みながら、淡い青色の光で部屋を染めていく。
そして、耳鳴りのような高い振動音が響くと同時に、道は現れた。
「ここからアリスの中に、心の奥底へ入りなさい」
それは空間にぽかりと穿たれた穴だった。
それが人の心に通じているとは、御伽話のように思える。
魔法使いには、魔理沙には御伽を疑う理由は無い。
己もまた御伽の世界の住人なのだから、躊躇いもせずに足を踏み入れた。
「……パチュリー、私は何を言えば――」
「私に聞くんじゃない! 自分で……ごほっ……馬鹿!」
睨む眼は殺意すら覗かせて、魔理沙の背中を押していく。
振り返ることも無く、魔理沙はただ細い道筋の上へと降り立った。
アリスの世界は黒と蒼で出来ていた。
底抜けに蒼く広がっているくせに、深い部分で黒がそれを隠していく。
人に全てを見せることを恐れる、彼女らしい心の世界だった。
道は長く、細く、何処までも続いて見えた。
蒼く続く道の奥は白く、先など見えようもなかった。
故に、魔理沙は黒へと向う。
アリスが隠した心の奥を目指す為に、細い道を一歩、外側へと踏み出した。
「ちょっと、後悔したかも」
暗闇へと堕ちながら、呟く声は上へと流れていく。
踏み外して三十ほどの間落ち続けていくと、視界は闇に閉ざされ、何も見ることは出来なかった。
深く深く、アリスの闇が魔理沙を包んでいく。
「――アリス」
名を呼んだ瞬間だった。
覆っていた闇色は、まるで彼女が心を開いてくれたかのように散っていく。
落下していた魔理沙の身体は、速度零の浮遊状態となり、見えない地面に波紋を広げながら降り立った。
そして、後に残ったのは、月明かりのような淡い青色の世界と、蹲る彼女。
「アリス!」
「――あ」
少しでも早く触れたくて、これ以上無いほどに手を伸ばして魔理沙は走り出した。
足取りは軽く、波紋を残しながら青の上を渡っていく。
あと三歩、二秒とかからないその距離に、突然と壁は現れた。
「なんだ、これは……」
伸ばされた手が、氷のような壁に触れる。
冷たいそれは手を招き入れるように引き込んでいく。
――魔理沙。
それはきっと、アリスの心が作った、魔理沙への壁だった。
――私は魔理沙を、嫌わなければいけない。
「なんでだよ」
――友達で居る為に、嫌っていなければいけない。
「好きになっちゃ、いけないのか?」
――好きになったら、離れなくちゃいけない。だから、「好き」は忘れないといけない。
どう考えればそうなるのか、魔理沙には理解できない。
出来ないが、考えた。魔理沙は、もっとアリスのことが知りたかった。
そして、考えた末に思ったことは、変わりようがない気持ちだけだ。
「そんなの知るか、私はお前が好きなんだ」
言葉と共に、冷たい壁は砕け散った。
一歩踏み出す、座り込んだ少女に一歩近づく。同時に、薄い氷の壁が再び目の前を覆った。
――私は紅茶に薬を混ぜたのよ、惚れ薬を。
「知るか、そんなの飲む前から惚れてるんだ、馬鹿」
砕けた氷片が、輝きながら吹き抜けていく。
重なる壁を指先で軽々と砕きながら、魔理沙は一歩ずつアリスへと近づいていく。
最後の一歩を氷片と共に踏み砕き、一際大きな波紋を残しながら、魔理沙は彼女を見下ろした。
「私を……この歪な愛を、受け入れてくれるの?」
俯いていたアリスがようやく顔を上げて、涙で酷く汚れた顔で馬鹿げたことを言ったので。
魔理沙は思わず笑いながら、当然のことを答えてやった。
「あたりまえだろ。魔理沙さんは頼もしいことに、恋の魔法使いなんだぜ」
そして、少し照れたように、顔色に朱色を混ぜて、魔理沙はアリスの前に屈みこむ。
両者の唇の距離は限りなく縮まり、柔らかな感触と共に零となる。
「魔理沙……好き」
「知ってたよ、ついさっきだけどな」
◆
「魔理沙!」
目を覚ますと、大好きな匂いが魔理沙を包んでいた。
目の前いっぱいに、金色の髪と泣き顔が見えて、溜息混じりに腕を回す。
「……悪かった」
「ごめんなさい……私……」
肩で涙を溢し続けるアリスに、魔理沙は撫でるくらいしか対応が思いつけなかった。
故に、目の前で恨めしそうに眼を細めるパチュリーにも、苦笑いを送ることしか出来ない。
「パチュリー、ありがとな」
「うるさい……鈍感馬鹿」
踵を返したパチュリーは、思いついたように顔だけ振向くと、指をそっと唇につけた。
魔女のアドバイスを理解しながらも、魔理沙に出来るのは顔の朱を深めることだけである。
「あー……アリス?」
「……ん」
今度は心の中ではなく、ベッドの上で、二人の少女は唇を交わす。
子供のように、温もりだけを感じるような、今の彼女達には丁度良いキスだった。
扉の閉まる音を聞きながら、魔理沙は瞳を閉じたまま、もう一度無言で礼をする。
瞳を閉じたままでは見えないが、恐らく魔女は笑っていただろう。
「今度は、忘れないから」
「……おう」
「忘れられそうも、ないから……」
「……馬鹿」
鈍感な少女と不器用な少女が手を繋ぐ。
深く深く交わっていく、離れないようにと、忘れないようにと。
魔理沙はもう一度唇を合わせて、アリスの手を引きながら紅茶を淹れた。
今度は、無用な薬など入っていない、甘い紅茶を――二人で。
了
■作者からのメッセージ
「……ほんと、人の好意には全然気付かないんだから」
馬鹿、そんな呟きが図書館に寂しく木霊する。
彼女の啜る紅茶は、砂糖の入れ忘れか、苦味の残るものだった。
故に、彼女が涙目なのも、そのせいなのだろう。
彼女を見守り続ける小悪魔には、そう思うことしか出来ない。
「パチュリー様、紅茶のお替りを……」
自分には、甘い紅茶は淹れられないから。
彼女を見守り続ける小悪魔には、想うことしか出来ない。
◆
純愛を目指しましたが、どうだったのでしょうか……。
最近書くネタがつまらないような気がしてなりません。
これがスランプかなと思ってみますが、単に自分の技術不足ですね;;
がんばって精進します。
それでは皆様、此処までお読みいただき、本当にありがとうございました!
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