太陽が山の向こうに身を隠して、月は一向に姿を見せない。
今宵は新月。太陽と月が互いに身を隠して、逢瀬を果たす夜。
――星だけが瞬く夜。
二人の妖精が寝静まった夜。
私は二人の可愛い友人の私室を訪ねる。
こんなに静かな夜だからノックはしない。
最初に訪れたのはサニー・ミルクの私室。
次に訪れたのはルナ・チャイルドの私室。
三人の中で一番妖精らしい、元気な女の子。
三人の中で一番妖精らしくない、少し不器用な女の子。
布団を蹴っ飛ばして、満面の笑みを浮かべる愛くるしい寝顔。
布団に埋まって、穏やかな微笑を浮かべる可愛らしい寝顔。
その小さな寝息を立てる唇に、私は優しくキスを落とす。
「――ルナ?」
「――サニー?」
寝ぼけた瞳が私を見つめている。
潤んだ瞳が私を見つめている。
私に月の姿を重ねて夢を見ている。
私に太陽の姿を重ねて夢を見ている。
そして、サニーは夢を見るように、再び寝息を立て始めた。
そして、ルナは夢から覚めるために、再び寝息を立て始めた。
私は彼女に背を向けて、部屋を後にする。
ゆっくりゆっくりと、この姿が彼女達の瞳に焼きつくように。
偽物の金糸の髪を揺らしながら。
■
必要だから一緒に居た。
恐らくは、それが主な理由だったのだろう。
光の妖精として世に生まれ出て、すぐ隣には彼女達が居た。
それぞれには既に個性があって、唯一同じだったのは悪戯が大好きだということだけ。
そして、その唯一のおかげで、三人は今もここに居る。
そうだ、そのときも自分は同じ様なことをしていたような気がする。
サニー、あなたの光を屈折させる能力を、ルナは必要としているわ。
ルナ、あなたの音を消す能力は、サニーに不可欠なものなのよ。
――私の能力も、二人のそれを必要としている。
それにルナは――サニーはあなたのことを気に入っているみたい。
口ではああ言っているけどね、あなたはどうかしら。
――私は、あなたたちをとても気に入っているみたい。
文字どおり、継接ぎの関係での悪戯。
初めてのそれは、今でも鮮明に思い出すことができる。
サニーとルナは手を取り合って大はしゃぎ。
そして、自分は――?
「――あ」
夢から追い立てられて、スターは薄く目を開いた。
丁度、最後の星明かりが朝焼けに飲み込まれた頃、二人の友人はまだ寝息を立てている筈の時間。
欠伸と共に流れ落ちた涙も拭おうとせず、スターは一人、暫く天井を見つめ続けていた。
■
鼻歌がワンフレーズ、大きな古木の烏鷺でできた家のキッチンに響く。
スープの味が良い具合に調った。
サビの途中に差し掛かって、スターは火を弱めてからキッチンを後にする。
そして、目の前にはルナ・チャイルドと書かれたプレートが一つ。
「ルナ、もう起きているんでしょう? サニーを起こしてきてちょうだい」
「スター、何で私が?」
いつもと同じ言葉に、戸惑うような言葉が返ってくる。
スターは自然と、唇の端がつり上がるのを感じつつ、
「あら、いつもは自分から起こしに行くのに。何か都合が?」
からかうように、口にした。
可愛い友人はきっと、予想どおりの返答をする。
「別に。いいわ、起こしてくる」
した。
おねがいね、と満足そうにスターは呟きながら、先程とは違う歌をキッチンに響かせる。
そして、またもやサビにかかる前にスクランブルエッグとトーストが焼きあがった。
火を止めて、余熱でじりじりと空気を揺らめかす鉄板から、料理はまだ移さない。
スターの見積もりではもう暫く、二人は降りてこないはずだから。
小気味の良いフレーズを口ずさみつつ、曖昧なところは鼻歌で誤魔化して、スターは美味しい朝食が冷めていくのを見守っていた。
全ては頬を桃色に染めた二人を何食わぬ顔で迎える為に。
そして、最後の歌詞がキッチンに響き始めた頃。
妙に大きな誰かの声と共に、階段を逃げ下りてくる音がスターの耳に届いた。
キッチンから歌が止む。
その代わりに、リビングには少し冷めた朝食と、一緒に不満顔も用意されていた。
「もう! 何をしていたのよ」
折角の朝食が冷めてしまったと、あたかも不機嫌そうにスターは腰に手をやる。
自分では白々しいと思っていたが、スターのそれはルナが気づかない程度には完璧だった。
「…………別に」
まあそれも、今のルナには関係の無い話だろう。
たとえ大根が演技していたとしても、きっと彼女は気づかない。
それほどまでに、頬を桃色に染めたルナは呆然としていたのである。
■
スターを間に挟んで、二人の妖精がトーストを齧っていた。
もそもそと、あんまりにも不味そうに食べるものだから、自然とスターの手も鈍くなった。
一口、トーストを齧る。
カリカリとした表面はほのかに熱く、香ばしい小麦の匂いが鼻腔をくすぐった。
同時に、やわらかい中身がふわっとつぶれて、噛み締めればもちっとした独特の食感を楽しませてくれる。
美味しかった。
それも当然だろう、スターの食事だけは余熱を利用して暖かいままだったのだから。
そして、普段なら文句の声でも上がりそうなその状況の中で、三人は黙してトーストを齧っている。
一人は意識して視線を合わせないようにしているのか、顔を伏せつつ。
一人は訝しげに、目の前にある姿を見つめながら。
そして、最後の一人は二人を楽しそうに見つめながら。
ルナ、サニー、スターの順で三者三様に朝食を味わっていた。
「ルナ、昨日は月も出てなかったみたいだけど……よく眠れたかしら?」
そこに、沈黙を破るようにして呟いたのはサニーだった。
視界の端で小さな肩が跳ねるのを眺めつつ、スターは心の内で笑みを漏らす。
もにょもにょと声にならない言葉を繰り返すルナに、サニーは瞳を細めていた。
「だから、その……寝てた、わよ?」
ようやく顔を上げたルナが上目遣いでサニーを見つめていた。
暫くは見つめ返していたサニーではあるが、何かに耐えられなくなったのか視線を虚空に滑らせている。
よどんでいた雰囲気は一転して気恥ずかしいものに姿を変えて、スターは密かに溜息を吐いていた。
「なんだか体調が悪いみたい」
そして、再び沈黙を破るように、ルナは早口でまくし立ててカップに残ったコーヒーを呷った。
苦かったのか、僅かに眉根を寄せて、頬を朱色に染めたままリビングから出て行く。
頃合を見て、きっちりと食べ終えた朝食を片しつつ、スターは残されたサニーを見やる。
「サニー、あなたも具合が良くないんじゃない?」
小さな肩がまるで初めてスターに気づいたかのように跳ねた。
何となく腹立たしく思いながら、スターは皮肉を込めて言葉を送る。
「顔が真っ赤よ」
「そう? 熱でもあるのかしらね」
何でもないように呟きながら、その頬には朱色が広がっている。
本当に、強がりも可愛らしい友人である。
お大事に、と心にもない言葉を返して微笑めば、サニーは既に背を向けて部屋へと歩き出していた。
恐らくは、誰よりも昨夜のことを気にしていたのはサニーなのではないだろうか。
「ふふ、サニーはえっちね」
考えたところで、スターは自然と呟いていた。
むっつりすけべとも言う。
■
必要だから一緒に居た。
恐らくは、それが主な理由だったのだろう。
それも段々変わっていって、いつしか一緒に暮らすようになって。
三人が三人ともを気に入っていて、恥かしいから決して口にはしないままで。
一番最初の理由は便利だったから、それでもきっと半分くらいは、
「好きだったから、傍に居た」
二人がお互いを気にしていることに気がついて。
新月の夜、スターは悪戯をした。
悪戯は成功したから、スターは二人の妖精が寝入っている筈の夜、静寂を保つ廊下に身を潜めている。
能力のおかげで、二人が寝入ってないことは分かっていた。
うぞうぞごろごろとベッドを転がって、やがて同時に飛び降りた頃だろう。
扉を小さく開く音が重なる。
ひたひた、と闇の中に足音が吸い込まれて消える。
そして、スターが背を向けた壁の向こう側で、二つの生き物が重なった。
そして、自分は――?
「私は、一人離れて二人を見つめていましたとさ」
手を取り合った二人の友人を見やり、微笑むのがスターの立場。
スターというキャラクターに与えられた居場所。
可愛くて、元気で、不器用で、大好きな友人と一緒にいる場所。
ああそれでも、背をつけた壁はどうにも厚すぎるのではないだろうか。
細い月が輝き始めた夜。
星の光は少しだけ、霞んで見えた。
■
「ちょっと、スター!」
「出てきなさい!」
二人の声が扉の向こうから聞こえてくる。
大きな枕に鼻先を埋めながら、スターは呆然とその声を聞いていた。
おそらくは、悪戯がばれたのだろう。
予定よりは少しだけ早かったが、何れにせよばれるのが悪戯というものだ。
しかし、スターは困ってしまった。
「開けるわよっ!」
今は、平気な顔で二人に会うことができないのに。
「……何よ」
人の顔を見たまま固まるものだから、スターは不満そうに声をあげた。
「だって……」
「……泣いてるんだもの」
言われて、余計にスターの視界は滲んでいく。
抱きかかえていた枕には大きな涙の跡。
零れ落ちて頬を伝う涙を、スターはどうしても止めることができなかった。
目の前では怒っていた筈のサニーとルナがどうしたものかと困り顔を浮かべている。
ぽろぽろ、おろおろ、ぽろぽろ、おろおろ。
「私も、一緒に喜びたいよ、一緒にいたいよう」
そして、いつしか子供のように、スターは顔を覆って泣いていた。
今まで保ってきた何かも、目の前で困っている友人も捨て置いて、ただただ涙を溢れさせた。
ずっとこぼしたかったものを、泣き声を上げて訴えたかった。
ぽろぽろ、泣かないで、ぽろぽろ、一緒だから。
――ちゅ。
唇に、温かいものが触れた。
太陽の匂いが、鼻の先にあった。
――ちゅ。
唇に、優しいものが触れた。
月夜の匂いが、鼻の先にあった。
「大好きだから」
驚きに涙も止まって、見上げた先には笑顔があった。
困ったような笑い顔と包むような微笑。
「――あ」
一番最初の理由は便利だったから、それでもきっと半分以上は、
――大好きだから。
その日から、夜中の逢瀬は始まった。
こちらが変態道の終着駅です。
個別視点の練習として書きました! って言い訳したいです。
無理やりにいい話でしめてしまったかもしれませんね……。
ともあれ、ここまでお読み頂きありがとうございました。
ほんと、なにこの百合ちゅっちゅ。ふざけてるの?
ふざけてます。