“ぱちぇキッス。”

作:眼帯兎






 魔導書は過去の偉人達が積み上げてきた歴史。  そこに書き記された結果は、受け取り方は違えど、真実である。  パチュリー・ノーレッジは魔導書に記された全てのことを、真実としか認識できない。  そして、魔導書と銘打つものには少なからず、偽物が存在する。  現在、パチュリーが手にしているそれも、所謂偽物と言うものだった。  乙女☆魔導書、それがタイトルである。もちろん、本物の魔導書である筈がない。  しかし、この乙女書には魔力が篭っていた、恐らくは妄執などの黒い魔力。  その侮れない魔力を、世間知らずの引き篭もり魔女は疑いようも無く手に取った。  パチュリー・ノーレッジは魔導書に記された全てのことを、真実としか認識できない。  ■  黒く濁った雲が空を包み、日の灼熱も月の静寂も届かない空。  暗く堕ちた地上では、何かの異変を感じさせたかもしれない。  しかし、窓の少ない紅魔館には何も関係ないのであった。  そんな黒の下、一人の少女は滑るように図書館を移動していた。  人を感じさせないその動きは、宙を浮いている為であり、けして足のない幽霊ではない。  それでも、その顔色を見たら誰もが幽霊だと信じただろう。  青ざめた、精気を感じさせない肌、真夜中に現れようものならトイレの前で催してしまうほどだ。  青紫の髪を揺らして動くその姿は、広大な図書館を根城とする魔女、パチュリーであった。 「あぁ、此処にいたのね、小悪魔」 「あぇ、パチュリー様? お呼びいただければ」 「呼んでも来なかったわ、急ぎの用事でもあるし」  謝罪の言葉と共に、悪びれない微笑を、小悪魔は浮かべていた。  もちろん、直後に起こる悲劇など予想していなかった。 「実験よ」 「……実験、ですか」  目に見えて、微笑が崩れていく。  涙さえ浮ぶ瞳を気にも留めず、パチュリーは無言で頷いた。 「大丈夫よ、副作用とかは無いようだし」 「……はぁ、では準備を」 「簡単だし、いらないわ」  小悪魔が相槌を打つ瞬間、背の低いパチュリーは僅かに背伸びをして、小悪魔の赤い唇を奪った。  三秒、小悪魔の顔を朱に染めるには充分な時間だった。  長くは息の続かないパチュリーは、唇を離すと、僅かに息を上げながらも、平然と子悪魔を見上げる。 「さて、じゃあ、ちょっと紅茶を入れてきて頂戴」 「ひゃ、パチュ……わ、わかりましたぁぁああ!」  顔を赤らめ、呂律の回らない奇妙な声を漏らして、小悪魔は通常の三倍の速度で飛んでいった。  その姿を見守りながら、一人、パチュリーは満足そうに頷いた。 「効果は絶大ね、まさか魔理沙の言っていた恋の魔法が実在するなんて」  パチュリーの抱えた魔導書、その中は奇異な妄想だけが羅列している。  その一番最初のページには、何でも言うことを聞かせる魔法、という項目があった。  方法は、相手にキスをして、お願いをすること。  もう一度言おう。  パチュリーは、魔導書に記された全てのことを、真実としか認識できないのだ。  ■  やけに粗い息で紅茶を運んできた小悪魔に、礼の言葉を溢して、パチュリーは考える。  思えば、小悪魔はいつでも言うことを聞くのだから、成功したかは疑わしい。  そこで、パチュリーは数日ぶりに図書館の扉を潜った。  行く先は、友人のいるテラスである。 「あら、パチュリー様。珍しいですね、いかがいたしました」 「咲夜……人間ならまぁ、いい実験体かしら」 「……不穏な言葉が聞こえましたわ」  目を細めて、引くでもなく、出るわけでもなく、咲夜は立っていた。  パチュリーはひとつ、手招きをしてみる。  時を止められても面倒だ、あまり得意ではないが、奇襲を選んだのである。 「……何か?」 「実験よ」  風の精霊を使って、咲夜の体勢をずらし、転ばせる。  時を止める前に、魔法の補助を使って咲夜を受け止めると同時、パチュリーは素早く事を成した。  ちゅうと言う擬音が似合うほど、簡潔な接吻が行われる。  パチュリーはキスの経験などない、故に、押し付けるだけのものになる。  しかし、完全な乙女である咲夜にとって、それだけでも致死性のある攻撃であった。 「えーっと、あら、命令を考えていなかったわね」 「……ぁ」  目の前で、顔を朱に染めた咲夜が座り込んでいた。  そんな姿を見て、パチュリーはただ、この症状が魔法の効果の表れかと思案していた。  同時に、実験を手伝いなさいという命令を思いついて、咲夜の様子がおかしい事にようやく気づいた。 「二度目は、好きな……うわぁぁああ!」  泣き声のようなものをあげて、咲夜が消える。  恐らく、時を止めたのだろう。明らかに様子がおかしい其れを、パチュリーは冷静に観察していた。 「……あの人間は、魔力の耐性が低すぎたのかしらね」  ■ 「実験に付き合って、レミィ」 「……パチェは唐突だな」  テラスで優雅に紅茶を嗜むレミリアは、友人の第一声に眉を顰めることなく答えた。  長年付き合っている為か、そこには慣れのようなものが窺えた。 「副作用も無いし。まぁ、レミィは何があっても大丈夫でしょう」 「そ、そりゃあねぇ」 「なんと言っても、夜の王ですもの」 「その通りよ!」  煽てに弱いレミリアである。  笑みを浮かべるレミリアに、パチュリーもまた、微笑む。  長年付き合っている為か、こちらにも慣れのようなものが窺えた。  見本にできるほど、素晴らしい友人関係である。 「それじゃあ」 「何でも来なさい!」 ――ちゅう。  離れないよう、レミリアの腰に右手を、顔に左手を添えて、パチュリーは実行した。  メイドも居ないのに、レミリアの時が止る。流石は吸血鬼だ、自分の時さえ止められた。  対して、パチュリーは平然としていた。それどころか、本で得た知識を実践し、深く繋がっていく。  時にして六を数えるほど、よく息が持ったものだと、パチュリーは自分を褒めながら唇を離した。 「レミィ……お願いがあるのだけど?」  へたり込んでしまったレミリアに、屈みながら笑いかける。  黒雲から覗く月を背に向けられる瞳は、どんな者でも頷きたくなるような魅力を秘めていた。  当然、パチュリー本人はそんなことを狙ってはいない。  純粋な実験への意欲であった。 「わ、私には……フランが!」 「レミィ?」  黒い影を残して、レミリアは飛び立った。  その速度は、身体能力の低いパチュリーに、到底追いつけるものではない。 「パチェのことは好きだけど、私にはあぁぁっ!」 「……吸血鬼はやっぱり、魔法の体性が強すぎるわね、失敗だわ」  熱弁を奮うレミリアを空に残して、パチュリーは何かを呟きながらテラスを後にした。  後には、聞くものが居ないというのに、妹への愛を永遠に語るレミリアだけが残る。  その姿は後日、夜空で愛を叫ぶ吸血鬼という名目で、何処かの新聞に載ることになるのだが、別の話である。  ■  レミリア、咲夜と続いて効果は見られない。  しかし、隣で奇妙な視線を送る小悪魔を見ると、成功しているようにも見える。  思案して、パチュリーはふと思いついた。適任の者が、紅魔館には存在するのだ。 「小悪魔、ちょっと門番を呼んできなさい。その間は貴方が代わりの門番よ」 「はぁい、パチュリーさまぁ♪」  やけに艶っぽい声で小悪魔が飛んでいく。  背を見守りながらも、パチュリーは非常に正直な感想を述べた。 「……気持ち悪いわね」  全体的に自業自得である。 「邪魔するぜー」 「……本当に、門番は役に立たないわね」  扉が開くと同時、門番を引き摺る姿が目に付く。  黒のローブにエプロンを引っ掛けた、金色の髪を揺らす少女、霧雨魔理沙が立っていた。 「本を借りに来たぜ」 「返さない奴には貸し出さないわ」 「返すさ、私が死んだらな」  いつもと同じ言葉にいつもと同じ返答が返される。  普段なら、諦めて本に目を落とすが、今日は違った。  未だに効果は不安定だが、パチュリーにはとっておきの魔法があるのだ。 「魔理沙、本を早く返しなさい」 「嫌だ――」  ゆっくりと近づいて、魔理沙の目の前、返答を遮って口付けを交わす。  魔理沙の髪からは、魔法薬の香がした。その中に、僅かな香水の香も混じっている。  女性を意識しているのだろうか、そう思うと、何となく微笑ましいものが溢れるようだった。  そして、口付けを終えたパチュリーは、魔理沙の頬に朱が混じっているのを確認して笑みを浮かべる。 「返しなさい」  しかし、魔理沙の反応は、予想とは大きく違った。  顔は朱に染めたまま、焦点の合わない瞳の下、唇が妖しく歪む。  魔理沙は、笑っていた。 「嫌だぜ」  不意打ちのように、パチュリーの唇が塞がれる。  下唇を吸われ、一度離れたかと思うと、すぐにふさがれてしまう。  息も絶え絶えに、酸素を失った意識がぼんやりと熱を持ってくる。  いくらパチュリーが魔力で対抗しようにも、防げる筈がなかった。 「本、借りてくぜ」 「……ん」  ぼんやりとした意識の中、曖昧に聞こえたそれに答える。  恋の魔法とは、恐ろしいものだった。 ――どすんっ  魔理沙が朱に染まった顔をそむけると同時、その音は響いた。  もちろん、立っているのは今回の被害者達である。 「パチェに変なことを教えたのは……あんたね」 「殺しますわ」 「……は? 何を言って――」  状況をつかめない魔理沙の言葉が終わる前に、魔力の渦が図書館を包んだ。  紅い魔力の槍が、悪夢のような速度で魔理沙の横顔を通り抜ける。  一瞬遅れて反応した魔理沙は、声もあげることが出来なかった。  目の前には、銀製の豪華なナイフが壁を成していたのだから、動ける筈もない。 「ぎゃぁぁあああ!?」  決死結界ごと吹き飛ばされ、二回ほどバウンドしながら尻餅をつく。  魔理沙の目の前には、真っ紅な目をしたレミリアと、色のない殺人鬼の目をした咲夜が立っている。  奥歯がガチガチと音を立て、むなしく図書館に響いた。 「な、なんのことだが分からないぜ?」 「煩い! あんたのせいで二度目まで……あんたが!」 「パチェとキス、パチェとキス……はぅ!」  引き攣った声で声をあげる魔理沙の前。  泣き叫ぶ咲夜と、鼻血を流々と溢すレミリアの姿は、理解できない故に恐ろしかった。  そして、怯える魔理沙の肩を、何者かが叩く。 「魔理沙さん……」 「こ、小悪魔……? お前もか」 「ぐっじょぶ♪」  それは、気持ち悪いくらいに良い笑顔だった。  後日、図書館の魔女は何かをお願いする度に“魔法”を使うようになったという。  この日、紅魔館は事実上、終わりを告げた。 了


■作者からのメッセージ なんかもう、紅魔館が駄目なことになってきている。 ……シリアスなものを書いていると生き抜きにギャグが書きたくなります。 一次創作で殺人モノなんて書くと、それはもう壊れたものが書きたくなるんです。 というわけで、これで最後だと思います。今後はもう少しまともなものを……。 まぁ、プチですし、いっかなーなんて……あはは。 とある方は言いました。ああいうSSって書くの楽しいよ、と。 そして、素面に戻ると死ぬよ、と。 ちょっと死んでくる。



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