“開かれた扉。”
作:眼帯兎
495年ぶりの訪問者が去った後、毎日のように彼女は私の部屋に来てくれた。
だから、いつしか私は退屈しているときに必ず紅い扉を見つめるようになった。
今日もその扉が開くのを待っている。
いつものように、差し込む僅かな光と共に笑顔が見えることを望んでいる。
あの人は、まだ来ない。
彼女はいつでもおやつの時間を狙ってやってくる。
だから私はおやつの時間に二つの期待を胸にする。
今日はどんなお菓子が運ばれてくるのか、私への来訪者は来るのだろうか。
期待の比率は一対九くらいで後者が勝る。
あの時間が一日の中で一番心待ちにした時間だっただろう。
彼女が来なかった日は、次に来たとき何をするかを考えるだけで楽しかった。
今は思い出を思い返すことも楽しみの内に加わっている。
彼女は私に色々なことを教えてくれた。
弾幕ごっこ以外の遊びも沢山教えてくれたのだ。
私が一番好きだったのはババ抜きというトランプを使った遊びだった。
ピエロの格好をした悪魔のカード、似ているわけでもないのに親近感のあるカード。
このカードを最後まで持っていたほうが勝ちなのだ。
しかし、私は知っている。
パチュリーの図書館で偶然見つけた本に書いてあったのだ。
本当のババ抜きはこの悪魔を押し付けあうゲームなのだ。
彼女は、このゲームだけは私に負けたことが無かった。
いつもは時々手を抜いて負けてくれるくせに、ばば抜きだけは勝たせてくれない。
本当は嫌われ者のカードを絶対に手放そうとしてくれない。
彼女はジョーカーと呼ばれるそのカードを仲良しのカードだと言った。
私がその理由を尋ねると、ばば抜き以外のゲームでは、ジョーカーは他のどんな数字にもなれるカードなのだと教えてくれた。
それを聞いて、私はジョーカーの絵柄を見る。少しだけ、親近感が薄れてしまった。
そんな私に、彼女は言った。
――そのジョーカー、お前に少し似てないか?
それが何故だか嬉しくて、私はいつもこのばば抜きをやろうとせがんだ。
最後まで、彼女は私に負けなかった。
それでも私は、このゲームとジョーカーが好きだった。
彼女が来るようになってから、私は館内を自由に歩けるようになった。
それは確かお姉様を初めてトランプに誘ったときだったかもしれない。
その時の私は彼女に負けるのが悔しくて特訓をしようとしていたのだ。
私はいつも食事を運んでくる咲夜とかいうメイドにお姉様を呼んでくるように言ったのだ。
初めて話しかけた私を見て、メイドは驚いていたがすぐに無表情に戻って返事をした。
そして、メイドが消えてから数分も経たないうちにお姉様は来た。
久しぶりに口を聞く、このときばかりは可愛いお姉様をからかうのは止めにした。
――遊ぼう?
そう口にした時、お姉様は悲しそうに頷いた。
私は翼を広げたお姉様を横目に部屋の隅のベットに腰掛ける。
お姉様は目を見開いて私を見ていた。その顔がおかしくて、私は大いに笑ったものだ。
困惑しているお姉様に私は得意げにトランプを突き出す。
ビクリと身構えるお姉様を笑いながら、ベットに座るように指を示した。
二人分の身体の重みに沈むベットでカードを広げてみせる。
お姉様もトランプのルールを知らなかったらしく、スペルカードと勘違いしているようだった。
そんなお姉様に、ぎこちなく覚えたてのババ抜きのルールを説明する。
足りないところは隣に立っていたメイドが捕捉してくれたため、お姉様はすぐにルールを覚えた。
その後、隣で立っていたメイドも強引に仲間に入れて、黙々とババ抜きをした。
お姉様は何故かずっと俯いたままで、妙だった。
メイドは時々カードを指差して、それを試しにとると必ずペアになるので不思議だった。
大好きなお姉様と弾幕ごっこ以外の遊びをするのは初めてで、その時間はとても楽しかった。
いつも言葉を交わさないメイドは優しい奴だった。
ジョーカーは皆の手の中をクルクルと回っていく人気者。
嬉しくて、楽しくて、この時間が終わるのが少し切ない。
楽しい時間が回っていく。
夕飯時になってゲームも終わりになった頃、結局負け続けたお姉様はついに泣き出しながら扉を潜る。
――また、遊んでくれる?
尋ねたら泣いてるくせに笑いながら、嬉しそうにまた遊びましょうと言ってくれた。
次の日から、私は館内を歩くことを許されて、夕食はお姉様と共にすることになった。
何故だか、遊びに来る彼女の分のおやつも出るようになったのは今でも理由が分からない。
彼女があの扉を開いてから、私の時間は幸せでいっぱいだった。
彼女は隙を見つけては私を外に連れ出してくれる。
初めて外で月を見た、森も見た、虫も眺めたし、雪で遊ぶこともした。
全てが初めての出来事で、目を回しながら次から次へと楽しいことがやってきた。
友達が増えた。氷精や蛍や猫に鶏肉、他にも死なない変な奴や人魂の浮いてる奴とかいっぱいできたのだ。
それでも、彼女以上に一緒にいた奴はいないだろう。
いつでも私の扉を開いて、私の手を握り締めて、私の心を持っていく。
私はそんな彼女が好きだったのだ。
そう、確かにあのときから、私は彼女に不思議な感情を抱いていた。
その感情を理解するのに、495歳の心は幼すぎた。
その違和感に気づくのに、人間たちの100年程度の寿命は短すぎた。
やっと気づいたこの想いを伝えようにも、彼女は既に此処にはいない。
彼女が動かなくなってから遠い月日が流れて、ようやく分かりかけた気持ちがある。
“She got married and then there were none”
――ねぇ魔理沙、私は貴女が好きだったの。
もしかしたらそれは、恋だったのかもしれない。
了
■作者からのメッセージ
「ねぇ、咲夜。あの子……変わったのね」
「そうですね」
「あいつの……せいなのかしら」
「そうかもしれません」
「……明日から、夕食はフランと一緒に食べるわ」
「畏まりました」
「それと、あの鼠は正式に紅魔館の客として扱いなさい」
「はい、お嬢様」
「暫く……部屋には誰も近づかせないで」
「はい」
メイド長が後にした部屋から小さく漏れ聞こえてくるのは、小さな小さな涙声の笑いだった。
◇
最後までその気持ちに気づけずに、終わった後に気づいてしまった。
それでも彼女達は幸せそうだった。在るがままに家族のように、恋仲のように側にいた。
二人でいればどんなくだらないことも楽しく思えた。
片割れの最後時には涙を流して見送った。
彼女達は、幸せだったのだ。
きっとそれは、一つのハッピーエンド。
“She got married and then there were none”
(彼女は結婚して、それからは何もありませんでした)
■ 東方紅魔郷 Extra 魔理沙のセリフより抜粋
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