“永遠に続く愛情”
作:眼帯兎
満月の夜が過ぎて、変わり者の人妖の肝試しも終わった。
淡い蒼の光は確かに僅かな狂気を帯びて、青々とした竹をさらに美しく彩っていた。
そんな幻想的とも想える竹林で、僅かに欠けた月を見上げて、藤原 妹紅は心地良い脱力感に身を任せていた。
人妖との戦いで満身創痍となった身体を、月の光が優しく癒すように降りそそぐ。
十六夜の月夜は十五夜の満月の夜と等しく、彼女のお気に入りだった。
憎き姫の手先も、この素晴らしい夜を邪魔することはない。
――筈だった。
無粋な足音に、最高の夜が砕かれる。
これが慧音のものだったら、さらに素晴らしい月夜と思えただろうが、彼女は現在怪我の療養中で此処には来れない。
足音は少しずつ大きくなり、無粋な来訪者の目的が自分なのだと妹紅に告げるように夜の静寂に響いた。
ゆっくりと起き上がり、足音の方へと身体を向ける。
竹林の陰となった先に、人影が立っているのが見えた。
妹紅はその陰の先のモノを理解している。
「直接お前が来るなんて、珍しいじゃないか。しかも、満月の夜以外に」
口に出た言葉は殺気そのもので、激しい熱を帯びたものだった。
常人がこの言霊を受けたならば、狂鳥に相対する虫けらのようにその肝を潰しただろう。
しかし、陰の先に佇む人影はそんな様子は微塵も見せはしない。
それどころか果敢にも歩みを進め、月明かりの下へと現れた。
月の光に照らされながら優雅に歩み出たのは、蓬莱山 輝夜だった。
随分昔のお嬢様のようにその身体を着物で包み、慈しみ溢れる笑顔を浮かべながら、彼女はようやく唇を微かに開いた。
「そうね……でも、偶には部下に休暇を与えるのも姫の義務よ」
「“元”だろうが。どんな用かは知らないが――」
「相変わらず品が無いわね、少しは優雅という言葉をその身に置いてはいかが?」
「……なんだよ」
「今日はね、遊びに来たのよ」
「殺し合い」
「それから離れなさい。……これよ」
そう言って陰に隠れていた手を妹紅の前へと突き出した。
その手には繊細な指に似合わない、無骨な酒瓶がしっかりと握られている。
「……酒?」
「ええ、永く同じことをしていたら飽きるでしょう?」
訳もわからず妹紅が呆然としていると、輝夜は小さく胸を張って言った。
最後に、終わったら殺すのだけど、と物騒なことを付け加えて。
◆
「不味い」
「私達は酔うこともできないしね」
「いや、お前と飲む酒がだ」
その後、結局二人で向いに座りあって小さな酒宴を始めた。
皮肉を籠めた妹紅の言葉に、輝夜は顔色一つ変えずに流す。
そんな、不毛な酒宴だった。
「どういう気まぐれだ」
「何が?」
不思議そうに尋ね返した彼女の前に、酒の注がれた杯を掲げて示して見せた。
理解したのか、彼女は不敵に笑って自分の杯をカチンとぶつけると、ゆっくりと口をつけて言う。
「十六夜の夜はね、私達にとっても少し特別なのよ。月からの追っ手の来る満月が過ぎた夜だもの、昔はいつでもこの月を待ち侘びていた。
そんな特別な夜に、少しの気まぐれがあってもいいとは思わないかしら」
今では刺客が送られてくる妹紅がその立場である。
そんな皮肉も込められていたのだろう、輝夜の表情は確かに淡い嘲りが含まれた微笑みだった。
「あの子達、楽しかったでしょう?」
唐突に、輝夜が微笑みと共に囁く。
あの子達とは、肝試しと称した輝夜の策略に利用された変わり者の人妖達のことだろう。
疲労しきった原因である少女達の顔を思い浮かべて、妹紅は苦虫を噛み潰したような顔になる。
「あぁ、あんなデタラメな奴らは初めてだった」
「そう、それは良かったわ」
暫しの沈黙が流れ、辺りに静寂が戻った。
竹の葉が風に揺られ、互いの身体をカサカサと鳴らす。幾重にも重なる音はまるで遠い日に見た海を想わせる。
そんな幻想的なこの地で、青い光に照らされながら純粋な微笑を浮かべる少女に妹紅は暫しの間魅入られた。
月の姫と称するだけあってか、その姿は不自然なほどに美しいと表現するしかなかった。
間が持たず、妹紅は仕方なしに口を開く。
「毎度毎度、私の暇を潰すように刺客を送るのは止めろよ」
「あら、気づいていたのね」
「まぁな」
「退屈は、しなくなるでしょう」
続く言葉はない。杯に映った歪な月を黙って飲み干して、妹紅は目を逸す。
その沈黙は恐らく、肯定を示していた。
再び続く沈黙に、不思議と息苦しくは無い。
永い間殺し合っている相手を前に、こんなにも落ち着いたことは今までに無かった。
不思議な気持ちを抱きつつ、竹製の海の音を聴きながら、ゆっくりと杯を傾ける。
不意に、輝夜が僅かに聞こえるほどの声で自分の名前を呼んだ。
「――今でも、私を憎んでいる?」
その顔は何も浮かべぬ無表情。日本人形のように、ただ妹紅を見つめている。
瞬間、大きく風が吹き抜けて、竹の海がガサガサと煩いくらいに鳴った。
答えは言わなくても理解しているだろう。
理解しているからこそ、あえて言葉にする。
「あたりまえだ、私は永遠にお前を許すつもりはない。お前も私を――」
「――いいえ、妹紅」
――私は、貴方を愛している。
聴きかえす間もなく、唇が塞がれる。目を見開くと、輝夜の顔がすぐそこにあった。
すぐに引き離そうとするが、全体重を乗せた身体と後頭部に回された手に捉えられて、そのまま地へと押し倒された。
地面との激突に軽い痛みを感じ、肺の中の酸素が全て吐き出された。
同時に酸欠で頭が真っ白になり、何も考えることができなくなる。
他者を惑わし引き寄せる、そんな彼女の甘い香りが追い打ちのように意識を犯していく。
それは毒のように、身体中へと巡っていった。
既に足掻くことも叶わなくなり。無抵抗のままその行為を受け入れた。
差し入れられた舌先に口内を犯され、そのまま舌を絡め取られ、唾液を流し込まれる。
輝夜の香りが、身体中を包んでいく。
これが、父上の溺れた香りなのだ。
――なんて、汚らわしいのだろう。
深い憎しみを意識へと注ぐ。口から流し込まれた毒を憎悪が焼き尽くしていく。
意識を浮上させて、先ず、立てた親指を輝夜の脇腹へと突き刺した。
何かが折れた音がしたが、気に留めることもなくそのまま肉を裂いて押し込んでいく。
絡められた舌に、微かな鉄の味が混じるのを感じた。
そのまま突き入れた指先からドロドロとした憎悪を腹にぶちまけてやると、彼女は笑いながら炎上して息絶えた。
――リザレクション
身体中を包んでいた甘い香りが肉の燃える嫌な匂いにかき消されていく。
もちろん、この程度で終わるならば幾度もの殺し合いはとうに終わっている。
炭になった身体を押しのけて、輝夜は既に立ち上がるところだった。
二人分の唾液と彼女の血が混じりあった混合液を吐き捨てて、乱暴に唇を拭いながら睨みつける。
「何を――」
「愛しているから」
「戯言を、吐くな」
「戯言じゃないわ、私は本当に貴女を愛している」
「私は、憎んでいる」
激しい怒気が空気を焦がしていく。
その空気が輝夜の微笑をさらに狂気的なものへ変えていった。
月の姫君はひたすらに狂っていく。
「それよ! それが何より愛しいの! 貴女は私の罪であり私の罰なのよ。唯一貴女だけが私を救ってくれる!」
「狂っている……」
「何を言っているの? 狂気を発する月の民が、正気だとでも思っていたのかしら」
「誰が、お前なんて救うものか」
「永遠に続く生の中、私を憎んでくれる。私を想い続けてくれるのよ……妹紅、貴女だけが……」
狂った微笑みは止まり、輝夜の顔には僅かな、本当に僅かな悲しみと悔みが浮かんでいた。
それもすぐに消える、一時の僅かな綻び。
残ったのは妹紅を見つめる無表情な顔だけだった。
「ふざけるなぁぁぁ!」
――吼えた。怒り、憎悪、恨み、そして、恐れを込めて。僅かに見せた悲しみと悔みが、妹紅には許すことのできないものだったから。
そして、いつもと同じ殺し合いが始まった。
◆
「振られてしまったわ」
輝夜は満身創痍のまま従者に抱えられて、沈みかけた歪な月を見つめて呟いた。
八意 永琳はそんな様子を見て、僅かに笑みを溢していた。
「時間だけは、永遠にありますから」
「……そうね」
「私も、共におります」
「ありがとう永琳。それでも、私を咎めることができるのも、私を許すことができるのも、彼女しかいないのよ
あの子は、私の贖罪の対象なのね。そう言って、輝夜は自嘲気味の微笑を明けようとする夜空に浮かべる。
そんな輝夜を見て、永琳は月の光に銀色の髪を揺らしながら微笑みを深いものにする。
「ええ、ですから。私はそのときまで姫を支え続けましょう」
その言葉に、輝夜は目を丸くした。その顔が可笑しかったのか、それとも恥ずかしく思ったのか。永琳は顔を逸らし、クスクスと笑っていた。
「さて、次はもっと深い所まで責めてみましょうか」
「どうするの」
「まず、この座薬を妹紅にですね――」
二人して笑って夜が明けるのを眺める、月の優しく狂った光とは違う。
優しく、強い太陽の光が幻想郷を照らしていた。
目を細めて、まるで彼女のようだと思いながら輝夜は浅い眠りについた。
愛する人を想いながら、ゆっくりと。
了
■作者からのメッセージ
前回のSSで時間が掛かったせいか執筆1時間半で一機に書けたもの。
輝夜の罪の意識とか、妹紅に感じてる少し狂った愛情を感じていただけたら幸いです。
また自己完結になってるかなぁ……orz
東方創想話に出展した作品です。
出来は……初の1000点越えでした(・ω・´)
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