“こあくまキッス。”

作:眼帯兎






 予てより私、小悪魔は思っておりました。  私の住み着くこの紅魔館は、非常に住みやすく、快適であると。  そして、何よりも、可愛い少女が多いことを。  予てより私、小悪魔は思っておりました。  魔界に住んでいた頃にはなかった、この誘惑に、悪魔が耐える必要があるのだろうかと。  そして、私は忍耐という文字を紙面に書き下ろすと、革靴で踏みにじってやるのでした。  ◆  鳥がようやく起きだすような早朝、紅魔館には黒い影が闊歩していた。  意気揚々と進む姿とは裏腹に、足音などの気配は一切感じられない。  それは間違いなく異変だった。巫女が動く気配はなくとも、充分に異変だったのである。  そして、それは更なる異変へと繋がることを、予想したものはいなかっただろう。  しなやかな朱色の髪を風に流し、悪魔を思わせる羽耳と揃いの翼を揺らめかせ。  フリルの多い服装を好む幻想郷の少女の中では珍しく、事務的な黒のスカート、ベストにネクタイ姿。  小悪魔と呼ばれる女性が、見た者が眼を疑うような笑みで、口を歪めていた。 「先ずはヒエラルキーの低い方から行きましょう」  呟くと同時、彼女の手は一つの人影を捕らえていた。  場は館から少し離れた正門の前。湖からの冷たい空気の舞うところ。  氷精さえ住む寒気の中、逞しくも寝こけた門番は、小悪魔に気づくこともない。  本当に、この妖怪が門番で大丈夫なのかと、小悪魔は思う。  それも、寝息を緩やかなリズムで刻み、揺れる唇を見て止る。  少女の名は美鈴。整った顔立ち、気を操る為か、疲れなど見せない綺麗な肌。  魅力的な肢体は少女達にとって憧れとも言えるだろう。 「……いただきます」  呟きと同時、下唇から啄むように唇を重ねる。  柔らかい感触と、僅かな温もりが小悪魔を支配する。  その行為に、門番は薄く目を開いたものの、唇を離すと同時、また寝息をたて始めてしまった。 「今日も怒られてしまいますね」  僅かに笑って見せて、門を引き返していく。  次の標的へと、手を伸ばす為に。  ◆  日も昇り始めたのだろう。窓の少ない紅魔館、確かめる術はなくとも気配でわかる。  メイド達が起床し、物音を立てないように一日の準備に取り掛かっているのだ。  第二の獲物も、その中心で指揮を取っているはずである。 「おはようございます」  見つけた、と溢さなかったのは奇跡だっただろう。  凛々しい顔つき、その中に少女の幼さを残した完全な従者、咲夜が立っているのだ。  妬む者より、憧れる者の方が多いであろうその少女に、気づかれぬよう、唾液を嚥下する。 「あぁ、小悪魔ね。パチュリー様の傍に居なくていいのかしら」 「眠っていらっしゃいますし、昨日は本をあまり散らかしてくださらなかったので」  機を伺いつつ、普段と同じ笑みを浮かべる。  如何に完全瀟洒といえど、小とついても悪魔である小悪魔、気づかれようもない。 「それは羨ましいわね、何だったら手伝ってくれてもいいのよ?」  言いながら、咲夜は息を吐く。同時に形の良い胸部が上下した。  作られたように瀟洒なそれは、一時期噂されたものだ。  もちろん、既に本物と確認済みである。 「ほら掃除班、道具も無しに掃除をする気だったの? 全員全速力で用意しなさい」  顔を背けた瞬間、小悪魔は動いた。  口はこれ以上内ほどに、笑みで歪んでいる。  それは、もはや悪魔としか呼びようもない、欲望の固まりだった。 「サクヤサン」 「な――」  振り向く瞬間、少女らしく、そっと唇を交わす。  驚き、目を見開くその姿がいじらしく、悪戯交じりに唇に舌を這わせて離す。  固まったまま、二つを数えられる間が空く。そして、赤面。  それから一秒、此処が勝負どころだった。時を止められる前に詰みとする。 「美鈴さんにもシタから、間接キスですね」 「かっ!」  十六夜咲夜、完全で瀟洒な従者と讃えられる少女は、乙女としても完全である。  瞬く間に、赤かった頬をさらに紅く染め上げて、うろたえ唇に指を添えた。  そして、力無くへたり込み、女の子座りとなった咲夜はもう、何も言わなかった。 「……初めてだったのに」  正気に戻り、刺される前に去る真際。  そんな、可愛らしい呟きが聞こえた気がした。  ◆  紅い部屋、天蓋付きの豪華なベッドに小さな影が見える。  紅魔館の主たる者、レミリアである。  緊張は無い、小悪魔はいとも簡単に、その部屋へと踏み込んだ。 「何か用かしら?」  瞬間、聞こえた声は左から。  ベッドに備え付けられたカーテンだけが揺れる中、レミリアは笑みも浮かべず、立っていた。  その姿は永遠に変わらない、幼いもの。儚き白い肌と紅い瞳は、どこか紅い月を想わせる。  整い過ぎたその顔立ちは、流石、人外の者と思わせる。 「いえ、お休みになられているかと思っていました」 「そうね、とても眠いわ。貴方が居なくなればすぐにでも寝れるのに」  発せられる妖気は薄く、抑えられたものだった。  それでも、感じる威圧感はさすが吸血鬼と呼ばれる者である。  小悪魔は、そんな威圧感に顔を歪めることさえしない。  ただ、笑みだけを深くしていく。 「……お前、何を考えて――」 「当ててくださいますか? 運命を読み取って」  一歩踏み込む、レミリアの顔が驚愕に歪む。  覗きこむように近づいていたレミリアとの距離はもはや零。  完全に、二人の影は繋がっていた。 「や、何をするっ!」 「もういっかぁい」 「やめ――」  赤い部屋の中、小悪魔の笑い声に混じって、誰かの悲鳴が木霊していた。  それは普段聞くこともないだろう、レミリアのものなのだが、誰も気づくことはない。  その叫びは主に、お気に入りの従者に助けを求める内容だったのだが。  悲しいかな、頼りになるはずの従者は、今や乙女モードで使い物にならないのである。  泣き叫ぶ紅魔館のお嬢様はいつも通り、カリスマに満ち溢れているのだった。  但しそれは、逆ベクトルにだったのだが。  ◆  相対する影に、小悪魔は僅かに汗を流していた。  微笑む影は紅い少女、フランドールである。  ありとあらゆるものを破壊する程度の能力を有する彼女に対して、畏怖を覚えるのは当然だっただろう。 「あぁ、あんたは図書館ね」 「いえ、図書館に居る小悪魔です」  同じだわ、とクスクス笑いを溢して、綺麗な瞳を輝かせる。  姉とは正反対に、元気なイメージを抱かせる姿は、姉に劣らず可憐である。  少女の無邪気さに内包された無垢なる狂気は、命の危機と共に得体の知れない魅力を感じさせる。 「今日は弾幕じゃない遊びをしましょうね」 「弾幕じゃないの? つまらないわ」 「いいえ、きっと面白いですよ。レミリア様も気に入ってくださったはずです」  泣き叫んではいたが。  レミリアの名前が出ると同時、フランドールの顔は少しずつ興味に傾いていた。  狂っているとはいっても、純粋無垢故なのである。  興味を持たせられた、その事実は小悪魔の勝利を意味していた。 「それでは」  重ねるだけの、欲も何もない接吻。  子供じみたそれを、フランドールはきょとんとした表情で受け入れた。 「それで?」 「これだけです」 「コレが、面白い遊びかい」 「いえ、これで終りではありません。次はフランドール様が、好きな相手にキスをしに行くのですわ」  へぇ、と納得のいかないような表情を浮かべながらも、フランは翼を広げる。  その表情は、僅かに無邪気な笑みが含まれていた。 「それじゃあ、あいつのところに行かなくちゃ」 「レミリア様ですか? 駄目ですよ、ちゃんとお姉様と――」 「……ねぇ、あんたが此処にきたってことはさ、私のこと好き?」  向けられた瞳に、言葉が止る。  向けられた期待に、欲望が止る。  純粋すぎるその問いに、小悪魔は迷わず、笑顔を浮かべた。 「好きじゃなければ、キスはしませんよ?」 「ああそうかい」  植物の名前なんだってさ。そんな呟きと共に、フランドールは飛び去っていった。  その顔は、見たこともないような笑顔で、小悪魔は微笑ましく思いながらも部屋を後にする。  三秒後、レミリアの部屋の方向から、再び悲鳴が聞こえたことは言うまでも無いだろう。  ◆  知らぬうちに馴染み過ぎた図書館。その中心で、本に囲まれて寝息をたてる人影があった。  間違えるわけが無いその人物、小悪魔の主であるパチュリー・ノーレッジ。  本の為にと窓をなくして、日を浴びなくなった肌は病的に白い。  不健康に痩せすぎた身体は、抱きしめれば崩れてしまうように儚い。  いつも小悪魔には理解できないような話し方をする。それでも、他者に比べれば話しかけられている方なのだろう。  気遣いなんてかけられたことはない。それでも、時々視線を向けてくれる。  お茶の時間には、必ず二人分を用意させる。客と呼べる者が居るときは必ず一つ多く言いつけてくれる。 「パチュリー様、あれほどベッドをお使いくださいと言っているのに」  微笑は自然に浮べられてしまう。  そっと毛布を肩に掛けて、先までは自然にできた口付けも恥ずかしく思えて頬へと落とす。  僅かに眉を寄せて、何かの呪文を寝言に交える。そんな姿さえ、小悪魔にとっては愛らしかった。  もう一度、顔を落とす。身を屈めて、今度ははっきりと、薄い唇へと近づいていく。 ――バタン。  扉が開く音がすると同時、小悪魔は跳ねるように直立した。  振り向く先には、欲望の利息達が立っていた。  小悪魔は、薄く微笑む。  皮肉なものだ、もっとも気に入ってた少女の唇には、結局触れることもできなかった。 「皆さん、いかがいたしました?」 「白々しいわ」 「よくも、フランに変なことを教えてくれたわね」 「この遊び、結構面白いじゃない?」  立っているのは、涙目に銀ナイフの咲夜、ボロボロのへたれレミリア、無邪気に笑うフランドールである。  レミリアの服には血が滲んでおり、鼻の下にうっすらと紅い残留が残っているあたり救いようが無い。妹大好きなのである。 「元より覚悟はしていました、全ては悪魔としての性、抗う気さえ微塵も無かったのですから」 「良い度胸だわ」  咲夜が一歩踏み出す。レミリアは、フランドールにキスされて鼻を押さえていた。  銀のナイフが一ダース、構える少女に主の痴態は見えないことになっている。  流石に、死ぬかなとは思った。  瞬間だった。  二度目の扉が開く音。立っていたのはヒラエルキーの最下層だった。  寝起きのスッキリした顔立ちで、なんとも場違いに笑う美鈴。  一番の場違いはレミリアなのだが、今は見えない人なので除外する。 「美鈴さん?」 「あ、ここに居たのね」  微笑んだまま、美鈴は歩み寄ってくる。  一度壊された雰囲気に、殺気立っていた咲夜もただ見つめることしか出来ないようだった。  そして、小悪魔の目の前、立ち止まってその瞳を覗き込む。 「美鈴さんも、仕返しですか」 「そうねぇ、やられっぱなしは門番としてどうかと思うし」  門番は一切関係無いが、小悪魔は指摘することもなく立ち尽くしている。  全ては覚悟して行動した、そこに悔いは無い。 「それでは」  微笑む美鈴が一歩を踏み出して、小悪魔の意識は終わりを告げた。  ◆ 「……ふぅ」  溜息を吐いた美鈴のほか、言葉を発する者は居なかった。  誰もが呆然と、唇からだらしなく涎を溢し、気を失っている小悪魔を凝視している。  美鈴が行ったのは単純な行為だった。  単純ながら、それは恐らく、誰の心にも畏怖を刻むものであっただろう。  足を間に入れて、バランスを崩して逃げ場を塞ぐ。  そこからは永遠と、接吻と呼ばれる行為だった。  その結果がこれである。 「……美鈴、恐ろしい子」 了


■作者からのメッセージ  俺にしか見えない邪悪な何かが囁きました。  それは自分を悪魔と名乗ると、大変饒舌な口で言うのです。「キスだけしてるSSってのも、やってみたらどうだ」  だから俺は書いた50分もかけて書いてしまった。  そうしたらどうだ? 気づけば投稿してしまっていたんだ。  俺は、悪くない、全てあの悪魔g(――患者が危篤状態のため通信を終了します。  後悔はしている、反省はしない。とまぁ……実験作にしても酷い出来だなと思いました。  でも、書いてしまった以上は黒歴史として扱ってみようと思います。皆さんごめんなさい。



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