“子兎の小さな幸せ。”

作:眼帯兎






 あの子を幸せにしてあげたい。  ただ漠然と、私はそう願っていた。  人間を幸運にする程度の能力。他者を欺きながらも生き抜いて妖怪となって得た能力。  私が唯一自分以外を幸せにできる力。人間だけにしか効かないこの力ではあの子に何もしてあげられない。  だから、巧い嘘が吐けるようになりたかった。  あの子だけを幸せにするための、あの子だけに優しい嘘。 ◇ ◆ ◇  まず、私は考えた。  どうすればあの子は喜ぶだろう。  自分の嬉しいときを考える。  あの子と一緒にいるときと、にんじん沢山食べるとき。  誰かに褒められたとき、大切な人に褒められたとき、あの子に撫でてもらえたとき、私は幸せ。  それならば、あの子の大切な人にあの子を褒めさせればいい。  我ながら素晴らしい案だと思った。   そして、再び考える。あの子の大切な人は誰だろうか、姫様かな、私だったらいいのにな。 「あら……てゐ、廊下でなにをしているの?」 「あ、えーりんさまこんにちは」  聞きなれた声に振り向くと、そこにはクスクスと微笑むを浮かべるえーりんさまがいた。  大好きなあの子のお師匠様だ。  そこで私は閃いた、えーりんさまに褒めてもらったら、あの子はきっと幸せだ。 「何か楽しそうですね?」 「えぇ、最近楽しみなことが出来たのよ」 「楽しみなこと?」 「姫が妹紅と殺し合うような、生き甲斐みたいなものよ」 「そうですか、それでは、私は急ぐので」 「聞いてくれないの?」 「後でなら聞きますよ」 「そう、ばいばい」  少しだけ寂しそうにえーりんさまは手を振った、最近のえーりんさまはどこか変。  思いながらも私は律儀に手を振り返してあげた。  それなのに、えーりんさまはもう鼻歌を歌って歩き始めているところだった。  馬鹿にしているとしか思えない。  でも、ひとまずそれは置いておく。私は今から大事なことをしなければいけないのだから。  私は急いでぴょんぴょん飛んで、えーりんさまの私室の前にやってきた。  怪しいおーらが漂う此処は、あの子ぐらいしか近づいたりしない。  意を決して、私は扉を開けた。  瞬間、変な匂いが鼻につく、目がピリピリとする。私の第六感がエマージェンシーだった。  それでも、可愛いあの子の為に私は一歩踏み出す。  一度進んでしまえば問題ない、禍々しい気を放つ部屋を私は進んだ。  作戦はこうだ。  まずえーりんさまの部屋をお掃除する。  そして、感激したえーりんさまが近くを通った私に聞くのだ。  こんな素晴らしいことをしたのは誰なの、と。  そこで私は自分がやったというのを我慢して、こう言うのだ。  れいせんちゃんが頑張ってやっていました、と。  きっとえーりんさまはあの子を褒めるに違いない。  そうしたらあの子は幸せだ。  私は用意した掃除道具一式を床に置いて、ゴム手袋をパチンとはめた。  準備完了――神への祈りは済んだのか? oh yes! 「それにしてもきったないなぁ……とくにこの机」  えーりんさまの部屋は何かの材料が散乱していた。  特に机の上が酷い。洗っていないビーカーや試験管などがゴッチャリと積まれているのだ。  だが奇妙なことに、とある一角だけは綺麗に整理されている。  興味を持って近づいてみると、そこには膨大な量の写真が置いてあった。  そういえば以前、天狗から強引に予備の写真機という物を借りたと話していた。  恐らくコレはその写真機というもので作ったのだろう。  その写真は全て同じものが写っている。花が沢山咲いたときに出会った毒人形だ。  なにやら隠し撮りくさい写真には一枚一枚にコメントが付けられていた。  “可愛い、この子はこの角度から見るのがいちばん可愛い、メリー萌え、Sランク認定”  以上のようなコメントとランク付けが膨大な数の写真全てについている。  最近えーりんさまが変なのはこのせいだと私は理解した。  正直気持ち悪かった。  しかし、それでもあの子の大切な人なのだからしかたない。  そう思いながら、まずは机の周りに散乱していた、赤い染みのついた捻られティッシュを捨てていく。  写真の山も処分したほうが世の為になると思ったが、何分量が多いのでほうっておくことにした。 ――コツン、びしゃっ!  振り向いて他の机の整理に取り掛かろうとしたとき、背後から音がこぼれた。  恐る恐る振り向くと、何かの薬品がこぼれたらしく、辺りに嫌な刺激臭が立ち昇っていた。  そして、向けた視線の先では薬品に浸かった写真の山がシュウシュウと音を立てて溶けている。 「あー……」  最初は焦ったが、よく考えればこの方が良かったのだと思う。  結果オーライである。  私は見なかったことにして掃除を続けることにした。  そして二時間程が経った頃、えーりんさまのゴミ部屋は見違えるほど綺麗に整頓されていた。  我ながら良い仕事をしたと誇らしく思う、特にあの異常な机だ。  あとはこの部屋を誰にも見られぬように抜け出して、えーりんさまが気づいた頃に向えばいいだろう。  あの子は喜んでくれるだろうか。 ◇ ◆ ◇ 「私の部屋、掃除してくれたのは誰か知ってるかしら?」  えーりんさまは予想通り、私の元へ来た。  作戦は順調だ、あとは私が嘘を吐いてあの子が褒められれば作戦完了。 「れいせんちゃんが掃除しているのを見ましたよ!」 「……そう、鈴仙がやったのね」 「はい!一生懸命やっておりました」  誇らしげに胸を張って、私は嘘を吐いた。  えーりんさまは俯いて震えながら笑っていた。  きっと感動に噎び泣いているに違いない。 「そう、一生懸命に」 「そうです、一生懸命にです」  えーりんさまが顔を上げた。  瞬間、私の全神経がここから逃げろと訴えてくる。  えーりんさまは無表情だった、無表情で凄い怒気を漂わせていた。 「そう、“一生懸命”わたしの可愛いメリーの“写真を溶かしやがったのね”」  いつも余裕で笑みを浮かべているえーりんさまが、今となっては鬼と化していた。  私は身体中の毛が逆立ち、汗が吹き出るのを感じていた。  言わなければいけない、アレは私がやりましたと。  言わなきゃいけないのに、私の身体はぴくりとも動いてはくれなかった。 「じゃあ、マタアトデネ」  ぎこちなく告げるえーりんさまを前に、私の意識は朦朧として何も答えることができなかった。  辺りの空気がえーりんさまの殺気で埋め尽くされて、私は呼吸さえ許されなかったのだ。  えーりんさまが立ち去った後、私はガクリと膝を付く。  これが、変態の力なのか。  宇宙人の思考など、私に分かるわけがないのだった。 ◇ ◆ ◇  暗い部屋の中、あの子は泣いていた。  机に突っ伏して凄い勢いで泣きじゃくっていた。  きっとえーりんさまに怒られてしまったのだ、私のせいで、何も悪くないのに。  私が、悪いのに。  泣き続けるあの子を見ていると、私の心臓は音を立てて締め付けられていくようだった。 「れいせんちゃん……」 「あ……てゐちゃんどうしたの?」  えーりんさまの部屋に入ったときよりもずっと重い一歩を踏み出して、声をかける。  泣き伏せていたれいせんちゃんは私の顔を見るなり、ぎこちなく笑った。  その赤い目はさらに赤く腫れていて、私は申し訳なさでいっぱいだった。 「れいせんちゃん、私……ごめんなさい」 「え?」 「えーりんさまが怒ったのは私のせいなの」  言いながら、私は泣いてしまった。  泣きたいのはれいせんちゃんの方なのに、情けなく泣きじゃくりながら謝り続けた。  私はれいせんちゃんに幸せになってほしかった。  でも、私は逆にれいせんちゃんを困らせて、泣かせてしまった。 「ごめんなさい、れいせんちゃんに喜んでほしかったのに、幸せになってほしかったのに」 「……てゐちゃん」 「いつも困らせてばっかりだから、笑ってほしかったのに」  ふわふわと、れいせんちゃんは微笑みながら私の頭を撫でてくれた。  れいせんちゃんは嘘吐きだ。  本当は悲しいのに、笑って私を撫でてくれるのだ。  れいせんちゃんはいつも優しい嘘しか吐かない。 「……ありがとね」 「――え?」 「私の為にがんばってくれたんだよね?」 「……でも、れいせんちゃん怒られちゃったよ」  れいせんちゃんはクスクス笑って頭を撫でて、私のおでこにキスをした。 「てゐちゃんが頑張ってくれたから、私は幸せだよ」  そして、本当に嬉しそうに、私に笑いかけてくれたのだ。  恥ずかしくって、嬉しくなって、私は顔を真っ赤にしてれいせんちゃんを見上げる。  ぽろぽろと涙が止まらない。  れいせんちゃんは少し困ったように、私の涙を拭ってくれた。 「れいせんちゃん」 「うん?」 「……大好き」  れいせんちゃんを幸せにしてあげたい。  ただ漠然と、私はそう願っていた。  人間を幸運にする程度の能力。他者を欺きながらも生き抜いて妖怪となって得た能力。  私が唯一自分以外を幸せにできる力。  人間だけにしか効かないこの力ではれいせんちゃんに何もしてあげられない。  だから、巧い嘘が吐けるようになろうと思った。  れいせんちゃんを幸せにするための、れいせんちゃんだけに優しい嘘を。  いつか、れいせんちゃんが本当に笑ってくれるように。 ◇ ◆ ◇  [鈴仙の私室]  てゐちゃんが泣き止んで、可愛く手を振って戻っていった後、私は膝を付いた。  ポタポタと音を立てて、滴り落ちた赤い液体が目に入る。  涙を浮かべながら私を見上げてきたてゐちゃんの姿を思い出すと、床に広がった赤がより深く広がっていく。 「可愛い、可愛すぎるぅぅぅ!」  机の上には無残に溶けた写真の山が乗っている。  さっきまで、私はその上で泣き伏せていたのだ。  それも、もうどうでもいい。  先程のSSS(トリプルエス)ランク級のてゐちゃんの姿を心のファインダーで永久保存して脳内に焼き増していく。 「照れながら、ぎこちなく大好きって言ってくれた時の表情ときたら……はぅっ!」  ぼたぼたと、再び音を立てて温かい液体が鼻から零れ落ちた。  大量の失血に伴って目眩が続いている。  しかし、先のてゐちゃんの表情に悶える私にそんな瑣末な事はどうでも良かったのであった。 了


■作者からのメッセージ あの師があってこの弟子あり。そんな馬鹿っぽいお話でした。 最初はちょっと良い話を書こうと思ってたのに……アルェー?



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