“ふらんキッス。”

作:眼帯兎






 紅い扉の小さな世界で、今日も私は一人で遊ぶ。  誰もその扉を開かないから、私も開こうとしないから。  そして、私は一人で遊びを考える。  思い浮かぶひとり遊びはもう飽きた。やはり、二人でする遊びが楽しい。  はて、最近弾幕以外の遊びを教わったような。  そして、私はとある遊びを思い出した。  ■  月明りが照らす紅魔館は静寂に包まれ、その紅さえも、淡い青の光に染め上げられる。  その中を、幻想的な青に包まれて、歪で奇怪な翼を揺らし、金色の髪に月を映して進む影があった。  幼さを残す、可愛げのある顔立ち。それに相反するように輝く金色の瞳。  その姿は、紅魔館でもっとも恐れられる存在、フランドール・スカーレットのものであった。  影の向う先は紅魔館で一番偉いところ、レミリアの私室、天蓋付きのベッド。  淡い青色に染められたシーツに、波立つようなしわが寄っていく。  フランドールは四足を付き、眼下の姿を静かに見下ろしていた。 「……何をしているのかしら、フラン」  そんなフランドールを、下からレミリアが見上げている。  心なしか顔に朱が差して、息が荒い。  明らかな異常を見せるレミリアの姿に、フランドールは顔色一つ変えずにいる。  フランドールにとって、レミリアはいつもこうなのだ、普段を知らない彼女が、異常に思うはずもない。 「お姉様、私ね、遊びたいの」 「そ、そう……」 「いいでしょ?」 「あ、うん、良いんじゃないかしら?」  質問に対して、どぎまぎと目を合わせたり逸らしたり、言葉を飲み込み荒い息を吐く。  それでも、確かにレミリアは用件を承諾した。  フランドールの顔に笑顔が満ちていく、無邪気なそれは、とても吸血鬼とは思えないような顔だった。  恐らく、レミリアは弾幕ごっこのことだと思ったのだろう。  ただ、最愛の妹の笑顔に鼓動を早め、異常血圧により鼻から出血している姿はなんとも無様だった。 「……赤いのが出てる」 「あら、本当……ね」 「大丈夫?」  そして、フランは躊躇なく、レミリアの上唇の辺りに唇をつけて、血を啜る。  月を背に、血を嚥下するフランドールは、幼い容姿とは裏腹に、とても妖艶に映っただろう。  飲み下すのが鼻血ではなく、対象がいやに幸福そうなレミリアでなければ、一枚の絵のように美しかった。 「お姉様も飲みたいの?」  告げて、返答も待たずにフランは唇を重ねた。  零れないようにした唇を吸って、含んだ紅色を落としていく。  自分のそれを、レミリアは恍惚とした表情で受け入れていった。  両者の間を紅い糸が引いて、月に輝き、薄れては消えていく。  月はいつまでも、美しく異常な姉妹を照らし続けた。 「それじゃあ、遊んでくるわ」  レミリアは何も答えない。ただ、唇から紅い雫を溢し、微笑んでいる。  もう一度言うが、これが鼻血でなければ、なんとも美しい光景だったであろう。  とても、残念である。  ■  フランドールは最近、弾幕以外に面白そうな遊びを教わった。  それは、直ぐにレミリアに禁止されてしまったが、許可を得た今なら我慢する必要もない。 「ねぇ、門」 「門番ですね、名前は美鈴です」 「同じだわ」 「そうですね、変わりません」  苦笑しながら、美鈴はフランドールと目を合わせる。 「遊びをしているのよ」 「弾幕ですか? 私は得意ではないですし、すぐ終わってしまいますよ」 「違うわよ、今日はね」  目線を合わせるためか、膝立ちになった美鈴は、弾幕ではないと聞いてとたんに微笑んだ。  好都合とばかりに、フランドールは唇を笑みに歪める。  同時に、美鈴の目が見開かれた。きっと、その笑顔を見たのは初めてだったのだろう。  唇が重なるのも気にしないように、美鈴はただ、フランドールの顔を見つめていた。 「次はね、あんたが好きな人にキスしにいくのよ」 「……そうなんですか」  美鈴は考える素振を見せて、はっきりと頷く。  その顔には、優しい微笑が浮べられていた。 「妹様。今、楽しいですか?」 「そうね、楽しんじゃないかな」  フランドールは笑みを浮かべながら、笑みを深くする美鈴に、恐怖の色が無いことに違和感を覚えていた。  フランドールが知っているメイドは、みんな恐れを抱いていたというのに。  それが、何となく面白いような気がして、フランドールも笑みを深いものへと変えていく。 「またね、門」 「……門番ですよー」    ■  窓の少ない紅魔館、その中でも、図書館は際立って窓が少ない。というよりも、窓が存在しないのだ。  フランドールは埃臭いそこへは、滅多に立ち寄りはしない。  本は難しいことが多すぎるし、弾幕をしても面白くない上に怒られるからである。  そんな場所に、フランドールが足を向けた理由は、思い出したからである。  この遊びを教えた、張本人を。 「居たわね、図書館」 「妹様……私は司書ですってば」 「同じじゃない?」 「同じじゃない」 「やっぱり同じなんじゃない」 「いえいえ、同じなんじゃない」 「……どっちでもいいわ」  赤い髪を揺らす小悪魔は、微笑みながら言葉を返す。  フランドールは少々辟易としていた、司書だけあって、舌の回りは数段上手いのである。 「遊びに来たのよ」 「遊び、ですか」  頷いて、フランドールは小悪魔の唇に唇を押し当てた。  突然のそれに、小悪魔は驚く素振も見せず、微笑み続けている。  流石はこの遊びの発案者、悪戯っぽく見つめる様子は悪魔のそれである。 「あら、妹様は私が好きになってしまわれたのですね」 「そこそこね、面白かったし」  それではと、小悪魔は嬉しそうに背を向ける。  恐らくは、遊びのルールに従って、犠牲者の下へと向ったのだろう。  その姿が手のひらほどの大きさになった頃だろうか、小悪魔はおもむろに、フランドールへと振り返った。 「妹様、また遊びましょうね」  手を振って、今度こそ小悪魔の姿が消える。  その言葉に、図書館を後にしたフランドールは、更に笑顔を深くしていた。  ■ 「美鈴……?」 「咲夜さん、好きな人にキスしないといけないので、失礼しますよ?」  廊下の影となる部分、二人分の人影が、今正に繋がろうとしていた。  咲夜は近づく唇に向けて、そっと目を閉じて顔を上げる。  その唇に、ようやく、柔らかな唇が重なった。  それは、念願の口付けだったのだろうか、咲夜の瞳からは、雫が一筋流れ落ちていく。  彼女は、幸せそうに瞳を開いて、もう一度目を閉じて現実から逃避した。 「……妹様っ!?」 「さくやー、おはよ」  再び目を開いたときの咲夜の顔は、それはもう酷いものだった。  恍惚とした表情から驚きに移り、怒りを越えて哀愁へと変わり、今はただ、呆然と跪いている。  その後ろで、美鈴は困ったように笑顔を浮かべていた。 「妹様、順番は守らないと駄目ですよ」 「えー……」 「三度目こそ、今度こそはって……」  小さなお説教の傍ら、茫然自失の咲夜は虚空を見上げていた。  呟く声は細々として、支離死滅な言葉を繰り返し呟いている。  目の色は消えて、見えるはずの無い何かを見上げる悲惨なそれに、フランドールも流石に眉を顰めた。  ちなみに、咲夜が呟いているのは乙女の夢の断片である。 「初めてのキスはレモンじゃなくて小悪魔の味なのよ……」 「咲夜さん、しっかりしてくださいよ、ほら」 「二度目はもやし、三度目は妹様……ふふ」 「しかたないですねー」  ちゅう。そんな擬音が落ちてきた。  しっかりと重なった影は、目の前で深く繋がっていく。  咲夜は目を見開きながらも、次第に目蓋を落とし、行為を受け入れていく。 「美鈴……」 「ほら、今度は咲夜さんが好きな人にキスを――」  二度目の擬音と共に、影が重なる。  フランドールは楽しそうに、目の前に光景を観察していた。  その純粋さが無ければ、ただの悪趣味な覗きである。  「キスを返されてしまいましたね、それでは……」  うってかわって、咲夜は幸せそうに天を仰いでいた。  完全な乙女である咲夜、こういうときは本当に役に立たないのである。  それを横目に、美鈴は軽く、フランドールの額に口付けをした。 「私も、妹様が大好きですからね」 「――あ」  目の前で、優しい微笑が花を咲かせる。  そんな笑顔が嬉しくて、それが妙に恥ずかしいような気がして、フランドールはそっと、俯いてしまう。  自分を好きと聞いたのは、少し前を覗いて、数えるほどしか覚えていなかったのだ。  瞳に水気が溜まるのを感じて、訳もわからず、フランドールは目を伏せる。  その頬に、またしても口付けが一つ加えられた。 「図書館……?」 「小悪魔ですってば」  そこには、明らかに異常な格好で、小悪魔が立っていた。  具体的に言うと、白のYシャツとネクタイが紅く染まっている。  恐らくは、彼女の主である、パチュリーのものだろう。 「言いましたよね、好きじゃなければキスなんてしないって」 「……うん!」  フランドールに、最高の笑顔が浮べられる。  それに釣られたかのように、美鈴と小悪魔もまた、最高の笑顔で応えた。 「あんたら、何してんのよ……」  そんなハッピーエンドをぶち壊すかのように、紅白の巫女装束が立っていた。  もちろん、常識的な彼女には呆れた顔しか浮べられていない。 「あ、霊夢さん」 「勝手に入ったら、門番の私が怒られるじゃない」  先に小悪魔と美鈴が挨拶を交わす。  元気で、来客と見れば飛んでいくフランドールが、これに乗り遅れた訳は、説明する必要も無いだろう。  もちろん、新たな犠牲者に飛び掛っていたのである。  美鈴は思わず目を覆い、数歩下がると、これから起こるであろう惨劇から身を遠ざけた。  小悪魔は、完璧な微笑みにヒビを入れ、気づかれないように美鈴の背後に身を寄せた。  フランドールは、五つ数えられるほどの間、霊夢と唇を重ねていた。  霊夢は、何も言わずに針と符を取り出していた。 「フラン、遊びを最初に始めたのは誰かしら」 「ん? あいつだけど」 「レミリアね?」  純粋なフランドールは、何も考えずに頷いてしまった。  正確に言うならば、最初の犠牲者がレミリアなのである。 「ごめんね、ちょっとレミリアに用事があるの」  言うが早いか、霊夢の身体は次の瞬間には消えていた。 「……妹様、部屋に戻りましょう」 「さて、門番しなきゃ」 「キス……しちゃった」  残された面々は、思い思いの行動を取る。  小悪魔はただ、己に被害の及ばぬ地下室へと向かい。  美鈴は咲夜を抱え、館から離れた門の影へと身を隠しに。  咲夜はただ呆然と、フランドールは、ただ純粋に、楽しげに。 「夢想封印。集、散、瞬、侘、寂。夢想天生!」 「ぎゃぁぁああああああっ!」  この館の主である、レミリアの叫びを聞きながら。 了


■作者からのメッセージ 紅魔館の主、消滅。 ごめん。 これでキスだけしているSSシリーズ(黒歴史)は最終回です。 もう二度と書かないとかいってこれを書きましたが、今度こそ終わりです。 皆様ごめんなさい。眼帯兎は、普通のSS書きに戻ります! ……ごめん。



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