“夜明け。”

作:Fimeria






「己の肉親の死に、涙を流し憤怒するなど、実に人間らしいじゃないか」
「……慧音?」

 呟いて、気づいた。その名前を呼んだ私へと、狂った微笑を浮べる輝夜に。
 その眼は輝き、慧音へと向けられる。その意味は、とても簡単なことだった。
 本能は思考と同時に身体を動かしてくれたが、手は着物を掠めるだけで、引き止めることもできなかった。
 無様に倒れた私の瞳は、蓬莱の玉の枝を拾い上げた輝夜の影を映している。

「邪魔ね……?」
「逃げろ――」

 腕が振るわれる。枝から零れ落ちた宝石のような光が、多色の弾幕と成って慧音を囲んでいく。
 その輝きは相当の魔力をを秘めた、美しい奔流だった。
 被弾すれば、ただでは済まない程度ではない。輝夜が放ったそれは確実な死だ。
 弾幕ごっこなどという遊びではない、輝夜は殺す気で枝を振るっていた。


「低く見られたものだ、こんな隙間だらけの弾幕で私に当てるつもりか?」

 ぶつかるかと思われた光弾は、慧音を素通りしていく。
 避けているのだ、遠目には見えないほど微々たる動きで、その全てを鼻で笑いながら。
 その姿に、輝夜の目が凍る。歪められた唇はきつく閉じられ、歯を噛締めるように慧音を見上げていた。
 そして、光の渦の中へ、もう一度枝が振るわれた。

「隙間を、無くせば良いのでしょう?」

 今だ続く弾幕の渦へ、新たに生まれた多色の弾幕が混ざり合う。
 輝夜の呟くとおり、今度は隙間さえない。私は叫び、どうにか守ろうと飛翔する。
 間に合うわけが、無かった。

「駄目……!」

 私はまた、輝夜に大切なものを取られてしまうのだ。
 一つ目は、最愛の父上を。二つ目に、人間としての死を。
 そして、いつの間にか大切になってしまった、この友人さえも。

 慧音は笑っていた。死を覚悟するわけでもなく、とても簡単に笑って見せたのだ。

――枝は拾われなかった。手には弱竹が揺れている。

 悲しくて、悔しくて、憎悪して、謝って。全てを輝夜にぶつけようと思った瞬間。
 響いた声は空気ではなく、心を振動させて伝えてくる。
 それは、誰か個人に宛てられたものではない、言うなれば、世界へと言い聞かせるようだった。
 そして、同時に眩いほどの光の弾幕が霧散していく。
 まるで始めから何も起きていなかったかのように、竹林は微風さえも吹きはしない。

「……何が」

 呟くと同時、興を削がれた様子で、輝夜が手元を見ていた。
 そこには、あの美しい枝は無い。地に落ちたままのそれの代わりに、弱竹が一振り握られているだけだ。

「輝夜、お前が妹紅の憎悪を高めてどうするかは知らないが、嘘は良くないな。それは不比等殿の死後に、回収しただけであろう」
「……なるほど、伝説のハクタクね……あまり人の歴史を喋りすぎるのは行儀が悪いわ」

 輝夜は竹を捨て置き、上空に佇む慧音を睨み続けていた。
 輝夜が、嘘を吐いていたと慧音は言う。お父様は、殺されずに寿を全うしたのだろうか。
 思いながら、お互い様だと口にした己の罪を、今更のように思い出していた。

「争う理由は、あるのか?」
「あるわ、あの子は、消さなければならない」
「蓬莱人を殺すことはできないと、貴方が一番よく知っていると思うが」
「それでも、よ。それに、どうも私の育ての親を殺してくれたようだわ」

 キシリと、冷たい瞳が向けられる。
 あれほど饒舌だった口も、殺意と共に冷えたのか、何も発することは無かった。

「知るか、お前は私から父上を奪った、死をも奪った、これ以上奪わせはしない」
「不死を信じて殺した灰の前で、泣きじゃくっていたとは思えないな。本当は――」

 ギチリと、慧音を睨む、これ以上は許せない。いや、聞くに堪えないのだ。
 それでも、私から奪ったものが変わるわけでもない。私の罪が、消えることも無い。



「私の寿命が来ても、殺し合い続けるお前らに、意味はあるのか」



 答えない。輝夜は答えない。私は、答えられない。
 それでも、私達はこうするより無いのだ。そうでなければ、この生は些か虚し過ぎる。
 生きて生きては死んでいく。それだけが、きっと生きていることを。

「歴史だけで、心は読めない貴方に、姫の御心は解らないわ」

 言葉と同時、粉塵が巻き上がり、衝撃が地を振るわせた。
 何かが飛来する音が、衝撃から遅れて聞こえてくる。
 その音の元、満月を背負って一つの影があった。
 弓を構えたその姿は、輝夜の従者、名を永琳といっただろうか。
 粉塵を巻き上げたのは慧音だ、上空から地上まで一瞬にして落とされた。
 その姿を、背に庇いつつ睨み付ける。全てにおいて、永琳は輝夜より一歩上を行っていた。

「永琳、いいわ。今日はもう、興が殺がれた」
「……姫」
「またね、妹紅。また満月の夜に殺してやるわ」

 そういって、輝夜は永琳に手を引かれて空へと浮かびあがる。

「あの人は普通に死んだわ。娘の名前を呼びながら歳老いて、何処にでもあるよう、惨めで滑稽に」

 泥だらけの汚れた立姿、輝夜の顔は月の逆光でよく見えない。
 唯一聞こえた、嘲笑うかのような声色さえ、無表情なのだと感じさせるだけだった。
 普通の生を送れたのなら、それでいいと私は思う。
 輝夜の言うような惨めさも、滑稽さも私は感じない。ただ、安堵だけを感じるのだ。
 月を見上げる、姫を見上げる、憎しみの火は未だに燻り続けている。


「お前の両親」

――私達は恨んだりはしないさ。

「最後まで、謝ってたよ」

――あの子も、そしてあんたのことも

「そのくせに、恨まないと言ってた。私のことも、お前のことも」

――すまない、本当に……すまない。

「二人してさ、お前の名前を呼びながら、謝ってくるんだよ」

――うちの娘が、あんたを苦しめてしまっている。

「うちの娘が、ってさ? 惨めで、滑稽だろ」


 輝夜は振り返らなかった。ただ、力も残っていないその手に妖力を集めている。
 それは、私も同じだった。満身創痍の身体から、僅かな霊力を限界まで練る。


「「余計な御世話」」


 だ。よ。最後の一音こそ違えたが、同時に私達は溢した。
 二人分の僅かな霊力が中でぶつかり、混ざり、消えていく。
 僅かに光の射した輝夜の顔は、泣き顔だった。
 それを機に、輝夜が倒れる。永琳が静かに、その肩を抱いていた。
 私の身体もゆっくりと倒れていく、背には慧音が居るから、前へ前へと倒れていく。
 その身体を支えてくれる奴が居た。

「まったく、最後まで争うのか」
「こればっかりは、慧音でも止められないよ」
「私の見えない歴史の先になるだろうが、和解するときは、きっと来るだろう」

 それは無いと、白濁とした意識は苦笑いを浮かべる。
 肩越しに見上げた顔に満足して、私は意識を手放した。






次へ→ ←TOP