“蓬莱の玉の枝。”

作:Fimeria






「今晩は、妹紅」

 声と共に視線が交差する、憎しみが混ざり合う。
 私の瞳の奥には憎々しいお姫様の微笑みが映っていた。
 いつもと同じ憎悪がドロドロと流れ出してくる。
 もしこの身が自由だったならば既に無防備な輝夜を二度は殺している筈だった。

「今日はね、見せたいものがあったのよ」
「その兎か? ペットにしては物騒だな」
「いいえ――」

 言って、輝夜は袖口から何かを取り出した。

「……あ」

 思わず声が漏れた。
 輝夜の握るソレは、そうさせるほどに美しいものだったのだ。
 悪趣味といってもいい程に豪華な小枝だった。
 手元から覗く根は白銀で、繊細な茎は黄金が輝き、大小様々な実は真珠で出来ている。
 しかし、巧みに作られたその枝は、どこから見ても嫌らしさは感じられず、優雅で美麗なものだった。
 枝の美しさに中てられたのか、先程から脳がチリチリと焼けるように熱い。

「懐かしいでしょう?」
「懐かしい? そんなもの、見たことは――」

「まさか。あなたは居たはずよ、あの場所に」

 その言葉に、身体中が溶けながらも何かを叫ぶように蠢いた。
 頭の中のチリチリが増していく。
 何故忘れていたのだろうか、あれは父上が誇らしげに持っていた。

「蓬莱の玉の枝」

 脳みそを支配していた熱が、まるで冷たい湖に落としたかのように冷めていく。
 何も考えられなかった。言葉なんて出るわけが無かった。

「あなたの大好きなお父様がくれたのを見ていたのでしょう? 愚かにも恥を振りまいたあの場所に……妹紅、あなたは居たはずよ」

 生理的嫌悪を催す歪んだ笑みで輝夜が染まっていく。

「地上人はもちろん、私でさえ一時は本物かと肝を冷やしたわ。名匠達の念がそれを、幻想を作り出した。その意味で言うならこれは間違いなく本物だわ」

 くだらない言葉を聞き流して、私は一つの疑問を浮べていた。

「ねぇ妹紅、惨めに持ち帰られたこれが、何故ここにあると思う?」

 父上はたしかにあれを持って、輝夜に笑われながら門を後にした筈だ。
 それ以来、帰ることのなくなった父上はそれと共に身を隠したものだと思っていた。
 しかし、それは今輝夜の手にある。
 一度はつき返したくせに、お気に入りの玩具のように存在している。

「欲しかったから、殺しちゃった」

 親に小さい悪戯を告白するように、輝夜は小さく舌を見せて無邪気に告げた。

「見せてあげたかったわ。夜道で呼び止めたとき、あの男ときたら殺されるとも知らずに嬉しそうに笑ってたのよ」

 もう父上の死などに驚きはしない。
 道を踏み外してから、会えないことに変わりはないのだから、死因なんてどうでもよかった。
 ただ、父上のものを輝夜が手にしていることだけが堪らなく嫌で。

「肉親を愛した狂人には、面白い話だったでしょう?」
「輝夜ぁぁあ!!」

 私は動かぬ身体を捨てた。身体中を炎が包む。自身が炎へと成っていく。
 成長の止った私は本来、大した霊力は持たない。
 ただ、無限に湧き出る命を、文字通り削りて炎へと変えていく。
 模るのは不死鳥の翼。死を繰り返す自分を自嘲する姿。

――パゼストバイフェニックス。

 原形はもはや無く、炎と成った私が輝夜の背に生える。
 肉が焼ける匂いと奇声。それが輝夜の苦痛と思うと、全てが愛しく思えた。
 炎が羽ばたく、人影が夜空を照らして飛んでいく。
 自由に飛ばせる気など無い。輝夜の細身を引きずるように最高速で空を翔る。
 地上からの声ももはや聞こえない。夜空には私と輝夜しか居なかった。

「なよたけの姫君と夜空の散歩とは誉れ高い。退屈出来ると思うなよ?」

 翼となった身をより大きく羽ばたくと同時、無数の炎弾が輝夜へと降り注いだ。
 至近距離の弾幕を自由を失った身では避けることもできず、輝夜は一身に炎弾を浴びて肉を溶かしていく。
 叫びが止らない。笑いが止らない。
 鳴いた輝夜が腕を振るい、枝から多色の弾幕を展開した。
 失速する気も無い高速で展開された弾幕とぶつかる。もちろん、輝夜も一緒だ。
 期待したようなぼろぼろの瞳が恐怖で染まっていく。
 私から流れ出た血はそれさえも灼熱。そして、当然のようにそれは輝夜へと降り注いだ。
 美しい顔が焼けていく、苦痛に歪んだ声があがる。
 私にとって、それはこの上ない福音だ。
 灼熱の血を流しながら、私に顔があったら狂ったように笑っていただろう。
 眼前で熱に凝固を始めた瞳がある。輝夜も、これ以上ないほど狂った笑いを溢していた。

「そうだ、さっきのお話のお返しに、私も面白い話をしてやろう。お前を育てた老夫婦の死に様は大層惨めだったぞ! 焼けて骨も残らなかった、蓬莱の薬なんて飲んでいなかった!」

 言葉と同時、輝夜の笑みが途絶えた。
 手が振るわれる、枝が翼を刺し貫くと同時に弾幕を溢れさせる。
 私は絶叫しながら灼熱の血を振り撒いて、追撃の炎弾を展開していく。
 輝夜は血と弾幕を浴びながら、苦痛の声をあげて、何度も枝を翼に突き立てていく。
 そこに弾幕ごっこなんてルールはない、ただの貪り合いだ。


 痛い、嬉しい、苦しい、楽しい、殺してやりたい、死んでしまいたい。
 あぁ、生きているとは、なんて素晴らしいのだろう。

「――っ!」

 声にならない苦痛の叫びを同時に溢して、上空から私達は墜落した。
 しかし、地表にぶつかり、身体を四散させながらも狂気は止らない。

――リザレクション。

 目の前には憎い姫が居る。ただそれだけで動く理由があった。
 消耗した心を無理矢理動かして、見栄えも気にせず泥臭く輝夜へと向う。
 痛みに涙が惨めに流れても気にしない。ぼろぼろの身体もどうでもいい。
 私とまったく同じ姿をした輝夜も同じように向ってくる。

「この……化物!」
「貴女だって同じよ!」

 そう、同じだ。何処までも同じに、私達は殺し合う。
 何故だろうか、互いに流している涙が、痛みのものではないような――

「確かに、同じだな」

 声が響く。狂気を含まないそれはどちらのものでもなかった。
 聞き覚えのある凛とした声色のそれは、自身に満ちたもので。
 二人して掴み合った手を下げ、完全に満ちた月を見上げる。

「どっちも人間さ」

 そこには上白沢慧音が居た。






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