“憎悪開戦。”作:Fimeria今宵も月は満ち充ちて、眼下の愚者を嘲り笑う。 そんな狂った月を覆い隠す竹林の中、私は半死体を引きずり歩いていた。 浅くなった呼吸の度に鉄臭い息が吐き出され、吸う息には熱い液体が混じる。 ヒュウヒュウと、聞き慣れてしまった死人一歩手前の呼吸音を響かせて、私の身体は満月の方へと向っていた。 瞬間、空気の層を突き破りながら唸る音が、私の鼓膜を震わせる。 事前に私の手は振るわれていた。 一撃に妖力を込め、超高速で撃ち出された弾幕は音が後から来る。 音が届いたときには振り切られていた拳は、確実に一つの凶弾を弾いていた。 弾幕の飛来した方向へと千切れかけた足の限界速で進んでいく。 今宵の獲物はかなりの手練れだった。 愚かな姫や天才の薬師とは違う。殺す事に関しての技能が並ではない。 人間の目では捉えきれない暗闇と障害物を生かした長距離攻撃は初めての経験だった。 その奇襲に、私は初弾で一度死に、次弾でこの半死の身となったのだ。 しかし、人間相手には有効過ぎるその必殺が、通じるのは多くて三度。 一度は殺せたことを褒めるべきだが、蓬莱人に必殺は通じない。 一方的な追いかけっこは私の方に分がある。 同じ手段がもう一度、私の臓を穿つ軌道を描く。 通じない悪足掻きに辟易としつつ振るった拳。 確実に捕らえた衝撃に違和感を覚えると同時に、私は絶命していた。 ――リザレクション。 弾いた弾幕はタイミングをずらしたように遅くなった弾幕。 あの程度に引っかかる程、私は迂闊ではなかった。 しかし、それが死因となる。 あれは遅くしたのではなく、遅くなってしまったのだ。 撃ち出された弾幕はただ二つ。 その二つは油断した私を殺すのには充分なものだった。 「……あの糞兎め、楽しませてくれるじゃないか!」 鉄と焼けた肉の混ざった生臭い匂いに包まれた竹林を熱気が支配していく。 今宵、私を殺す者は蓬莱の者ではない。 いつも通りの殺し合いの為に赴いた先で私を殺した妖怪兎。 きっと甘く見ていたのだろう、あの程度に二度も殺されてなるものかと。 妖力は並より高い程度、弾幕遊戯なら私の足元にも及ぶまい。 しかし、相手は舐めてはいけない存在だった。 この刺客は殺す手段だけなら誰よりも特化している。 殺し合いにはこれ以上ないほどの強敵だったのだ。 弾くことを止めた一撃の凶弾が、全速力で直進する身体に穴を空ける。 それでも私が止まることはない。 誘い込まれた罠に捕らえられた隙に、頭を丸ごと吹き飛ばされる。 同時に縄を引きちぎり、相手をどんどんと追い詰めていく。 この状況下、脳みそでは敵わないと判断すると同時。私は正面突破を選んだ。 死を持つ者には絶対に選べない選択を、私は唯一選べる人間なのだから。 刺客の姿がぼんやりと見えてくる。 見たこともない着物に身を包み、胡散臭い耳を揺らしていた。 その表情は驚愕、その瞳には恐怖。その姿に、私はこの殺し合いの結果に口を歪めた。 刺客が森を抜ける、浅知恵に見えるその行動は障害物が無意味になった今では最善だったのだろう。 それでも、最善を選んだとしても結果は変わらない。 その命が燃え尽きるまでの時間が、ほんの少し延びるだけなのだ。 兎は振り向く、私は笑う。笑いながら、世界が捻じ曲がっていくのを見つめている。 そして、兎は私よりも妖しく、嗤った。 最初に感じたのは熱。火山に漬け込まれたときのような苦痛。 次に感じたのは熔解。液状化した肉がドロドロと流れていく。 溶けながら、私は兎の笑顔の意味を知った。 「案内役ご苦労様、ウドンゲ」 「はい、師匠」 兎の隣、輝夜の従者と名乗った薬師が立って居た。 液状化した身体は動かない、死ぬことさえ許されない。 ギチギチと身体を蝕みつつも、けして殺してくれたりはしない。 見え透いた罠に、こうも上手くかかるとは思わなかった。 「幻覚か……最後の最後まで上手く嵌められたというわけだ」 酷い激痛の嵐に呑まれながら、嫌にはっきりとした意識で兎を見上げる。 赤く染まった瞳は見ているだけで目を回しそうだった。 冷めた土の上、溶けるほどの熱をもった身体は冷めず地面と同化していく。 それを成したであろう薬師は、悪寒を覚えるほど優しい微笑で私を一瞥すると、兎の手を引いていく。 兎は恐らく不死ではない。故に、これ以降に舞台に上がることはないだろう。 舞台の主人公達が目を合わせたとき、始まる憎悪の劇場に不死者以外は踊れない。 焼けた目蓋に支えられ、溶けかけた眼球には憎悪が灯る。 その視線の先には、逢瀬を待ちわびた姫君が立っていた。 歪んだ笑顔が、そこにある。 次へ→ ←TOP |