“交友。”作:Fimeria「相変わらず何もないな」 「……また来たのか、上白沢」 その後も、慧音は私の家をよく訪れるようになった。 頼んでもいないのに少しの作物と里でおこった土産話を手に戸を叩く。 「何度来たって無い袖は振れないぞ」 「あぁ、だから今日は茶葉を分けて貰って来た」 戸を開くと同時に承諾を得ずに慧音は気軽に敷居を跨いでいく。 何年も人を招いていなかった庵は、二人分の草鞋を並べることが多くなった。 「妹紅、湯を沸かしたいんだが薬缶は何処だ」 「あぁ、この前穴が開いたから捨てた」 「妹紅、火は無いのか? 鍋で代用する」 「貸せよ、すぐ沸かすから」 「妹紅、湯呑が一つしかない」 「私はいいよ、お前だけ飲んでろ」 「妹紅――」 「名前で呼ぶの、止めてくれないか」 忙しなく教えていない名前を呼び続ける慧音に、私は苛立ちながらに言う。 同時に、彼女の目は丸くなり、狼狽した様子で口を動かしていた。 恐らくは、耐えられなかったのだろう。 何年もなかった他人との触れ合いに。その名前は出してほしくなかったのだ。 「すまない、馴れ馴れしかったか……」 「いや……嫌いなんだ、その名前」 気落ちしたように顔を伏せ、謝罪した慧音に首を振る。 自分の名が嫌いと言うと、慧音は何故かもう一度目を丸くした。 「何故だ。とても良い、優しい名前じゃないか」 「……何言ってるんだ、こんな皮肉な名前が優しい?」 言って、私は窓から射した陽光に腕を当てた。 皮膚は段々と赤に染まって、そのうち醜く爛れていく。 嫌いな名前に皮肉られた、忌まわしい己が身体を憮然として見せてやった。 それを、気味悪く思われるだろうかと心の端で思いながら、私には矛盾した考えがある。 何故だろうか、会って間もないくせに、彼女は私を知ってもきっと変わらないと思えたのだ。 日を受けた肌はジリジリと爛れて赤く染まっている。 案の定、目の前で慧音は眉さえ動かさずそれを見ていた。 そして、本当に優しく笑ってみせたのだ。 「……笑うところじゃないだろう」 「いや、すまん。お前がどうも勘違いをしているみたいなのでな」 「勘違い?」 心外な言葉を吐かれて、その時の私の顔は酷いものだったと思う。 現に慧音はさらに笑みを深くして、涙さえうかべていたのだから仕方がないだろう。 「妹紅という名は自分も紅に染まれ。つまり人の痛みを知り、人の優れた所を得る者という意味なんだ。恐らくはお前の父君が頭を悩ませて、大事につけてくださった名の筈。それでも、その名前は嫌いか?」 それは、考えてもみなかった解釈だった。 言われてみれば、父上はよく人の痛みを知り、人をから学び生きろと言っていた気がする。 人を知り、人から学び、人と共に生きていく。 人が居なければ赤く染まることさえできないのだと、この名前は言っていた。 「実は、私には不思議な能力があってな、そういうことが分かるんだ」 「名前の由来が分かる程度の能力?」 「まぁ、そんなところだな」 それならば、なんとくだらない能力だろうか。 思いながらも、私は慧音の言った言葉の意味を脳裏に反芻する。 嫌いだった名が、父上のくれた意味ある名前だと、慧音は言うのだ。 「……確証は無いじゃないか」 「そうだな、それでも」 父はもう生きてはいない。この真意が解かれることはない。 それでも。 「良い名だと思うぞ」 少しだけ、私は自分の名前が好きになれそうだった。 「どうだ、少しは気に入ったか? 妹紅」 「くだらない能力だね。慧音」 わざとらしく名前を呼んだ慧音に、仕返しとでも言うように名を呼び返す。 目の前では面白いことに、目を丸くした慧音がいた。 私はそれを大いに笑ってやると、痛みを残す腕へと目を落とす。 焼けた肌は生き返れば治るだろう。 それでも、慌てて包帯をもってきた慧音を目にして、私の気は変わった。 暫くは、この嫌悪されなかった傷痕を残しているのも良いかも知れない。 笑顔を浮べて帰路を辿る慧音を見送りながら、私はそんなことを思っていた。 その後すぐ、私は崖から落ちて身体を丸ごと取り替えた。 次へ→ ←TOP |