“違和感。”

作:Fimeria






 干し物をしていた女性を招きいれて、湯呑さえろくにないことに私は愕然とした。
 数十年前は貴族の娘として礼節の行き届いた言葉さえ話していたはずなのだが。
 この時にはもう、荒んだ殺し合いに毒されたのか、今と同じ喋り方になっていたと思う。
 むしろ、こちらが本来の私であったのかとさえ思えたほどなのだ。

「たいしたものはないが」
「いやなに、お構いなく。……何もないな」

 一言多い来訪者と、私は二人には少し狭い庵で向き合っている。
 何もない室内をキョロキョロと見渡す様子を見ると、知的な第一印象は早くも崩れかけていた。

「申し遅れたが、私は上白沢慧音。慧音と呼び捨ててくれて構わん」
「……上白沢ね」

 慧音は私の言葉に眉を潜めたが、笑みを浮べ直して里の守人だと続けた。
 たしかに、その姿からは多少の霊力を感じた。いざともなれば妖怪を蹴散らすこともできるだろう。

「さて、先の作物のことだが。満月の夜は妖怪が活性化するのは知っているだろ?」
「……あぁ」
「その夜に強大な力が妖怪を遠ざけて、今まで被害が大きかった夜が一転して無害になった」

 確かに、何度か邪魔だった妖怪を輝夜と一緒に焼いた覚えがあった。
 その仕返しに来た妖怪も、邪魔だったので始末した気もする。
 そして、それからは私の庵の周辺では妖怪が顔を出さなくなった筈だ。

「そのことに、皆感謝していたのだ。そして、今日は里を代表して来た」
「あー……別に私は里なんてどうでもいいんだが」

 どうも勘違いしているのではないかと、私は迷いも無く言い捨てる。
 それでも、慧音は微笑を崩すことなく首を振った。

「あなたにどのような思惑があろうと、里が助けられていることに変わりはない」
「……わかった、ありがたく受け取るよ」

 視線を逸らして答えた私を、慧音は微笑んだまま見つめていた。
 その後は里に起こった細事など、恐らくはそんなつまらないことを話していた気がする。
 私はというと、慧音の頭上に座した不思議な帽子をひたすらに眺めていた。
 適当な返答を返し、頷きを返しては何処かで見た形だと記憶を漁る。
 年々前に見た形かと必死で思い出そうとしているうちに、慧音は帰り支度を始めていた。

「あぁ、そういえば名を教えてもらっていないな」
「――藤原」

 戸を開き、帰路を行こうとする慧音が振り返りながら言う。
 私は妹紅という名前が嫌いだった。
 白子の忌子を嘲るような、誰がつけたかも分からない皮肉な名前がこれなのだ。
 故に、私は父上と同じの好きになれた部分だけを慧音に告げた。
 そのことを、慧音は訝しく思う様子もなく頷きを返してくる。
 正直、私はそのことに安堵の息を吐いた。

「そうか、再度礼を言うぞ妹紅」
「――っ!」

 故に、慧音の口にした言葉はやけに私の耳に残った。
 感じた違和感を確認する前に、慧音は竹林へと消えていく。
 教えていない筈の嫌いな名前を、慧音はあたりまえのように口にした。

「私を知っていたのか?」

 呟く声は誰の耳にも届くことなく、竹林の緑に消えていく。
 慧音の残り香には僅かだが、たしかに微々たる妖気が含まれていた。
 数年ぶりの来訪者がまともなわけもない。
 思いながら、私は早々に戸を閉じた。






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