“出会い。”作:Fimeria満月を過ぎた朝、目覚めは最悪だった。 身体には怪我もなければ痛みもない。それでも、精神力だけは起き上がれないほどに消耗している。 ―― ぐぅ。 だというのに、胃を主とする身体中の器官は正常に動いていた。不老不死になってもお腹は空く。 とはいっても、実は食料の備蓄は昨日から尽きたままなので我慢するしかない。 起き上がれないほどに精神力が無いのは実はこのせいだったのかもしれないと思うと少し情けなくなった。 鳴り止まない腹の虫を聞きながら、開き直って目を閉じる。 どんなに情けなく餓死しても、どうせ生き返る。 なんとも不便で便利な身体になってしまったものだった ――カタッ そんなことを思っていると、外から小さな音が漏れてきた。 人里から離れ、漏れ聞こえた噂では炎を操る化物が出ると謂われた竹林だ。 訪れたとしても腹をすかせた愚かな妖怪か、迷い込んだ里の子供の悪戯といったところだろう。 どちらにしても私にとっては迷惑なだけで得はない。 そこで私は一つ思いついて、驚かしてやろうと含み笑いを溢しながら扉に手をかけた。 「小童め、食べてしまうぞ!」 「――は?」 勢いよく開いた扉の先には同じ背丈の女性がいた。 紺を基調にしたワンピースに、なんだろう、寺院を模したような帽子を被っている。 そんな銀糸のように美しい長髪を持つ知的な女性が。何故だろうか、家の軒先に魚や野菜を干していた。 「「何をしているんだ?」」 「人の家の前で」 「奇妙な顔をして」 声が重なって、なんとなく気まずい雰囲気が漂う。 犬歯を見せるほど大きく開けた口を閉じて、私はなんとなく目線を逸らす。 暫くの間、彼女と私の間に変な沈黙が流れた。 「いや……私は里の子供の悪戯かと思ってな」 その空気に耐えられなくなって、私は頬をかきながら小さく言い訳を漏らした。 それが可笑しかったのか、目の前で女性はクスクスと笑いを溢す。 その笑い声のおかげで、気不味い気分は気恥ずかしいものへと変わった。 どちらにしても、私の居心地が悪いことに変わりはないのだった。 「昨日の礼だ」 「……礼?」 「うむ、これだ」 彼女は笑いを止めて、干された食料を指差しながらこれを礼だと言う。 その光景に、妖怪だった場合を考えて握られた拳を下ろす。 目の前の人物、新手の妖怪だろうか。 妖怪干し物女。 もちろん何かを助けた覚えはない。昨日はずっと殺し合いしかしていないのだから当然だ。 「何かの間違いじゃないか? 罠に掛かった獲物は逃がさず食べているけど」 「いや、私はそういう類のものじゃない」 呆れ顔で言われた。 冗談は抜きにして、彼女は見たところ普通の人間だ。恐らく里の者だろう。 人里にはあまり関わらないようにしていた私は、礼を言われるのが不思議でならなかった。 「まぁ、わからないだろうな。自覚してやってるわけでもなさそうだし」 あれこれと悩んでいると、彼女が苦笑して言う。 彼女の言うとおり、いくら考えても理由が見当たらない。私は諦めて彼女の言葉が続くのを待つことにした。 「満月の夜、ここで凄まじい力を放っているのはお前だろう」 「――あぁ」 それが輝夜との殺し合いのことだというのは明確だった。 しかし、人里の者ならこれを咎める方が普通ではないだろうか。 そう考えると、礼を言われることが更に不思議に思えた。 「それが何で礼になるんだよ、普通は止めろと言うものじゃないか?」 「人の話は最後まで聞け」 どうやら話しは続いていたらしく、疑問に思ったままに口にすると、窘められてしまった。 仕方なく黙ると彼女は続きを話そうとして、思案するように俯いた。 「長くなるし家に上げてはもらえないのか」 言われてみれば、礼をしにきたという人物相手に立ち話も失礼だっただろう。 長い間人と関わらなかったせいか礼儀が欠けているのかもしれない。 そう思うと、父上の名を汚したようで少し情けなくなった。 「すまなかったな、上がってくれ」 扉を開けて招くと、彼女は静かに一礼して敷居を跨いだ。 その時、揺れる銀髪が私の目の前を横切る。 自分の白過ぎる髪とは違う美しいそれを見て、羨望に似た視線を送ってしまう。 暫くの間、呆然と女性の背中を見つめながら、ようやく客に出すものが何もないことに気づいて。 私は溜息を吐きながら、名も知らない彼女の後を追う。 これが、里の守人である上白沢慧音との出会いだった。 次へ→ ←TOP |