“永夜開戦。”

作:Fimeria






 成長することが止まってから、私は住む所を転々としていた。
 永遠に生き続ける人間は、人の中に長くは留まっていられない。
 留まろうとも、もはや思わない。
 幸い一人では生きることができなくても、死ぬことはなかったので案外辛くはなかった。
 そして、その日も私は住処を移すために、人気の無い竹林を進んでい。
 青々しい立派な竹が風に葉を揺らし、乾いた音を鳴らす。
 なんとも風流な場所だと感じながら、嘯風弄月を気取ってゆっくりと景色を楽しむ。

 そのとき、確かにこの目はあの忌まわしい姿を捉えた。

 忘れたことなどない、永い時を焦がれ続けたその不自然なほど美しい存在。
 何度この手で殺してやりたいと思ったことだろうか。
 しかし、その憎々しい姿を目にしながら、私は少し拍子抜けというところもあった。
 月に帰ったと謳われていたが、そんなものは愚かな町民の噂だった訳だ。
 結局、彼女も私と同じで薬の効果で不死の存在になっただけなのだ。
 そう考えれば、成長しない彼女が姿を眩ませるために法螺を吹いたと納得できる。


 まぁ、そんなことはどうでもいい。
 今はただ、長年望んでいた行為を体現するだけだ。
 決心して、私は溢れる殺意を抑えながら慎重に声を捻り出す。

「――もし、そこのお嬢さん」

 美しい黒髪を揺らして、無防備にも輝夜は振り返った。
 その顔には驚愕の表情を宿している。
 別に、私の姿に驚いているわけではないだろう。
 そもそもちゃんと顔を会わせたのはこれが初めてだ。
 ならば、何故こんな顔をしているのだろうか。
 浮かんだ疑問に、答えが出るのは一瞬のことだった。
 その答えは簡単だ。
 完璧に整った彼女の首筋に、血に染まった刃が刺さっているだけなのだから。


 よく見れば、それは私が持っていた小刀だった。
 何ということだ、無意識のうちに殺っていたらしい。
 彼女の白い肌に、溢れた真っ赤な血が伝っていく様子は、とても美しく尊い物に見えた。
 穴の開いた輝夜の喉からヒュウヒュウと空気の漏れる音が流れる。
 それがとても可笑しくて笑いが止まらない。
 即死だった。ゾクゾクとこの身は快感に震えていた。
 ようやく、私は憎い相手を手にかけることができた。
 父上に恥をかかせ、私をこんな身体にした輝夜を私は殺したのだ。
 嗤いが止まらない。
 自分を嘲る声が止まらない。


――あはは、あはははははははははは……ヒュウ……あ、はは……ヒュウ、ヒュウ……あ……ゴボッ――あ、れ……?

 あぁ、ナニカオカシイゾ?

 気がつくと、自分の笑い声にもヒュウヒュウという奇妙な音が混ざっていた。
 そのうちに鉄臭い液体が胃を満たしていって、呼吸が困難なものになっていく。
 呼吸の度に、酸素が肺に届く前に抜け出てしまって息ができない。
 まさか丘で溺死することがあるとは思わなかった。
 最後の時に眼下を見下ろすと、輝夜に刺した小刀が私の喉を同じように貫いていた。
 小刀を握る指の先には輝夜の冷笑がある。

「随分な挨拶だったわね、気狂いかしら」

 何故だろうか、不快にしか映らないその表情の方が彼女には似合っていると思った。
 所詮、私達は永遠を生きる化物なのだから。
 昔のような綺麗なお人形さんを気取るのは無理があるというものだ。

――リザレクション。

 死んだ身体が急速に元の形へと戻っていく。
 成長することも死ぬこともない忌まわしいこの体が、今だけはとても素晴らしいものだと思った。
 何故ならば、いくらでも彼女を殺すことができるのだから。

「――え」

 意識が戻ると同時に、輝夜の引き攣った顔が私の瞳に映る。
 気分がいい。その歪んだ顔を拝むだけで何十年も晴れなかった気持ちが澄んでいくようだった。
 だが、まだまだ殺したりない。一度壊したくらいではこの憎しみは消えはしない。

「初めまして輝夜。貴女のおかげでこんなに素敵な身体になってしまったわ」
「あの薬に手を出したのね」

 全てを理解したかのような口振りで呟くと、引き攣っていた輝夜の顔が見る見るうちに冷たく残酷なものに変わった。
 本性を曝け出した輝夜は、お人形さんのときよりずっと輝いている。


 その日、再会を狂喜するように私は彼女を殺し続けた。
 そして彼女は、罪を消すかのように私を殺し続けた。


 数え切れないほどに殺して死んだ頃に。気がつくと彼女の姿は消えていた。
 時刻は既に早朝となり、眩しい日の光が閉ざした目に赤を魅せてくる。
 燃えた竹林の姿を悲しむように鳴く小鳥達の声は、まるで子守唄のように竹林に響いていた。
 そして、私はその声に誘われるように浅い眠りへとついた。
 薄れ掛けた憎悪は再生した身体と共に、再び燻ぶり始めている。


 その後、私はこの場所に庵を建てて住まうことにした。
 彼女は必ず私を殺しに来る。そんな確信めいたものを感じながら私は輝夜を待ち続けた。
 実際に、満月の夜になると必ず彼女はやってきた。
 この日から、私と輝夜の永遠に続く満月の夜の殺し合いが始まったのだ。






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