“蓬莱誕生。”

作:Fimeria






 あれから間もなくして、父上は姿を消し、輝夜もまた姿を消した。
 町の噂では月へと帰ったとのことだった。
 人とは違う者。その言葉はあの美しさを知る者ならば容易く頷けるものだったろう。
 現に、町の中はその噂で持ちきりで、誰もがそれを信じきっていた。
 そんな中、私はただ憎悪だけを練り上げていた。
 父上が居なくなったのは輝夜のせいだった。愛する者があの女のせいで消されたのだ。
 殺そうにももう遅い、憎悪の矛先は月の上にいる。
 ならばせめて、輝夜の残したものを全て憎んでやろうと思ったのだ。
 憎悪が選んだ標的は、輝夜を養っていた老夫婦と残されたという薬壺。
 そして、それはすぐに実行された。
 最初は薬を運んでいた調岩笠とやらを殺してやった。
 初めて犯した殺生はよく知らない人間で、流れる赤い血には何も思うことはなかった。
 私は、狂っていたのだ。


 禁忌を犯した私の手に残ったのは妙な薬壺だけ。
 そして、最初に身体の異変に気づいたのは、薬を舐めてすぐだった。
 山頂に吹いた怒号のような突風が私の身体へと襲い掛かってきたのだ。
 天罰とでも言うように私の足は地から離れ、吸い込まれるかのように火口へと転落する。
 投げ出された身体は重力に抗うこともできずに火の海に引き込まれていった。
 煮え立つ溶岩は私を招くように、グツグツと嗤っている。
 瞬間、激しい熱が感じられて、私の意識は途絶えた。


 愛しい人を思い浮かべる暇もなかった。
 暇もなく、私は甦ったのだ。
 意識を取り戻して、それを疑問に思うこともなく、再度焼かれてこの身は息絶える。
 しゅうしゅうと音を立てながら、幾度も溶けては甦った。
 どんなにこの身体が生きることをやめようとしても、あの薬がやめさせてくれない。
 不死の力を与える禁薬。蓬莱の薬。

 一度手をだしゃ、大人になれぬ。

 二度手をだしゃ、病苦も忘れる。

 三度手をだしゃ、永遠の苦輪に悩み続ける。

 それは、まるで地獄だ。
 焼かれるたびに、死ぬたびに、この身体に憎悪と熱が溜まっていった。
 久遠ともいえる時を、生きて生きては死んでいく。
 この身体が唸りをあげると同時、私の身体は灼熱の火口から抜け出していた。
 視界は忌々しい太陽と世界が広がる。
 纏っていた傘と衣は燃え尽きて、肌がジリジリと焼かれていた。
 それは日光のせいだけではなかった。むしろ、そっちの方が私を焼いているといって良いだろう。
 背中から伸びた翼、燃え続ける炎の翼。その熱に、白子の身体は空を舞いながら一度殺された。
 己の翼に殺されては甦り続けるなんて、まるで文献で読んだ不死鳥のようだと、詩人のようなこと思って自嘲する。
 霊峰と呼ばれた不死の山。その中心で焼かれ続ければこんなこともあるのかもしれない。
 私は考えることを放棄して、忘れかけた憎悪を実行した。


 目の前では、弱々しい老夫婦が私を見上げていた。
 そこに恐怖の色はない。二人して、悲しい眼をして見上げるだけだ。
 それが痛く、気に入らなかった。

「今晩は、今から殺すけど、変な子供を拾ったことを恨んでね」

 その顔を恐怖と怨恨に染め上げたくて。私は無情に言葉を吐いた。
 それなのに、老人達は揃って首を振る。

「……私達は恨んだりはしないさ。あの子も、そしてあんたのことも」

 老婆もまた、その言葉に頷いてみせた。
 不思議でならなかった、親心として輝夜を恨まないのならばまだ分る。
 しかし、この老人共は私さえも恨まないと言うのだ。
 これを不思議に思わずに、何を怪しめというのだろう。

「あんた、あの薬を舐めただろう?」
「……それが、どうした」
「すまない、本当に……すまない。うちの娘が、あんたを苦しめてしまっている」

 涙を流して、老夫婦は揃って頭を畳へとつけた。
 それが、唯一残っていた私の人間としての心を酷く傷つけて。
 耐えられなくなって、私は惨めに叫びながら二人を殺めた。
 目の前を火山の中のような熱気が舞い上がる。
 炎に焼かれて形さえ留めず灰になった死骸を見つめながら、私は何故だか泣いていた。
 老夫婦は、あの薬を舐めてはいなかったのだ。
 一度目の殺人は何も感じなかったくせに、私の心はこの死を前にひしゃげてしまった。
 その後は宛てもなく。帰る場所などない帰路を無心に進み続けた。
 満月が酷く眩しいことだけが、強く記憶されている。






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