“遅刻。”作:眼帯兎週の始めから六つ目の朝日が昇った日。 空には雲が多く見られたが、ビルの壁面には雨が無いことが大きく描かれている。 その日は、太陽を隠す雲の間からは清々しい青色だけが覗く、良い日だった。 土曜日の都市は、休日だけあってか人が溢れかえっている。 そんな人込みの中、ショッピングモールへ向う波を逆らって進んだ先に、人気の無い路地がある。 その中でも特に人気の無いカフェが、蓮子とメリー、秘封倶楽部の集合場所だった。 そこに、大切な友人の姿は、まだ無い。 ■ 「それじゃあ、今度の土曜にいつもの場所よ」 遅刻しないでねと、メリーは最近は口にしなくなった言葉を付け足した。 その理由は、メリーへと愛想笑いを送る蓮子が遅刻をしなくなったからではない。 毎回遅刻をしていれば、メリーだってその言葉が無駄だと理解してしまうのだろう。 故に、微笑むだけで頷きはしない蓮子を、メリーは咎めようとしなかった。 両者共に、この関係は変わらないものなのだと知っているのである。 蓮子が遅れ、メリーがそれを待つ、それが二人の当たり前だった。 しかし、口うるさいメリーは、音を立てて紅茶を飲み干すことには異議があるらしく、行儀の悪さを目で指摘してきた。 遅刻に関しては諦めが見えているが、これだけは譲れないようである。 その視線に押されるように、蓮子は背中に冷たいものを感じつつ、荷物をまとめてカフェを出た。 「それじゃあメリー、またね」 カフェの入り口で冷たい視線から逃れつつ、蓮子は手を掲げて言う。 メリーもまた、同じように手を掲げて、同じ言葉を告げてくる。 帰る寮の違うメリーは背を向けて歩き出し、蓮子は暫しそれを見送っていた。 よく晴れた、木曜日の午後の出来事である。 ■ その日、蓮子は休日には珍しく、睡眠の後に朝日を眺めた。 勿論、約束の日の為に就寝時刻を早めた覚えはない。 それどころか、平均以上に睡眠時間は削っていたはずだった。 メリーとの約束は昼に目覚めたとしても充分間に合うものであり、完全に予定外の出来事である。 「二度寝するにも微妙な時間だけど……」 呟きながら布団を被りなおしてみても、意識はやけにはっきりとしていて、眠れそうも無かった。 諦めてベッドから足を下ろし、見る気もないテレビの電源を入れる。 アンティークと化した小さなブラウン管は、窓の代わりに雲の多い青空を映していた。 安物のカーテンから漏れる光はやけに心地良く、軽く伸びをしながら蓮子は呆然とした。 昨夜遅くまで起きていたというのに、何十時間も眠っていたような心地良さがある。 その上、テレビに映った景色があまりに心地良さそうだったからか。 蓮子は朝食もそこそこに、安アパートの玄関を開いた。 いつも遅刻ばかりしている蓮子だが、実は集合場所に遅れたことはなかった。 むしろ、待ち合わせの場所には余裕を持って到着することが殆どである。 それで、何故毎回遅刻をするのか、理由は簡単だった。 人間、もとい友人観察である。 メリーが毎回、集合時刻よりずっと早くカフェに居ることを、蓮子は知っていた。 蓮子が遅刻の常習犯だと知った後も、それは変わることなく続いている。 到着したときには既に紅茶を楽しんでいるメリーを、物陰から眺めるのが蓮子の密かな楽しみだった。 退屈そうな時間だというのに、メリーは微笑みを崩そうともせず過ごしている。 そして、集合時刻の前後にカフェの扉が開くと、期待に満ちた表情を浮かべて、落胆の目を向けるのだ。 そんな仕草をされては、ついつい魅入って遅刻してしまうのも仕方がないことだと蓮子は思う。 時刻を過ぎて、気落ちしたように見えるメリーの安心したような表情を見るために、蓮子は毎回遅刻を演じていた。 しかし、今日は少し状況が違った。 珍しく朝日を眺め、偶然を重ねて気を変えた蓮子は、集合時間の一時間前にカフェに入ったのである。 偶には、メリーより早く来てやるのも良いかと思ったのだ。 無愛想なマスターにコーヒーを注文して、蓮子は驚くメリーの顔を思い浮かべて忍び笑いを溢した。 穏やかなカフェの空気は、砂の硬くなった砂時計よりも遅く流れていく。 「……まだ、来ないか」 穏やかなコーヒーの香りに包まれて、時計の針は十五を進んだ。 メリーはまだ現れず、蓮子は持て余した視線を回し見る。 週末を記す古風な日捲りカレンダーに、香ばしい煙を昇らせるコーヒーメイカー。 暖色の優しいカーテンから僅かに漏れてくる光は、カフェのアンティークな小物を照らす。 蓮子は何となく瞳を閉じて、紅茶の注がれる音と、他の客が溢す小さな声を聞いていた。 メリーがここを気に入って、集合場所に選んだ理由が、少しだけ理解できた気がした。 「……そろそろ来るかしら」 優しいカフェの雰囲気に包まれて、時計の針は更に二十を刻んだ。 時間前から来ているメリーなら、そろそろ現れてもおかしくはない。 蓮子は密かに、自分より遅くカフェの扉を開く友人への皮肉を考えていた。 そして、扉が開くと同時、思わず瞳は扉へと向いて、僅かに色を落とす。 「人違い、か……」 扉の先に立っていたのは、メリーの綺麗な金髪とは違った、人工的な金色の髪を持つ女性だった。 思わず溜息が零れて、蓮子は自分の口を慌てて押さえる。 メリーが毎度、扉が開くと同時に繰り返した行為の意味が、少しだけ共感できた気がした。 「遅いわね……」 扉が開く度にそわそわと浮き足立ち、時計の針は既に約束の時間へと迫っていた。 いつものメリーならば、既に来ていなければおかしいのである。 今日に限って、メリーが寝坊したのだろうか。 それとも、窓の間から自分の姿を見つけて、必死に言い訳を考えているのだろうか。 もしかすると、事故でも起こしたのかもしれない。 暗い思考がぐるぐると回り、扉よ開けと超能力者のように念じてやる。 そして、ようやく開かれた扉を見つめると、その先には待ちわびた人物が立っていた。 蓮子は決して聞こえぬように、小さく安堵の溜息を溢す。 ――メリーは、ずるい。 「こんにちはメリー、遅かったわね」 最高の笑み共に、蓮子は考えていた皮肉など忘れてそう言った。 メリーは面食らったように、蓮子へと視線を向けて固まっている。 ――本当に、メリーはずるい。 「……何してるのよ」 「偶には遅刻しないで来るのも、悪くないわね」 ――こんなに楽しい一時を、ずっと過ごしていたなんて! メリーは呆れたように溜息をついて、目を伏せた。 蓮子は微笑み、その様子をじっくりと観察する。 偶には逆の位置に立って、相手の気持ちを知るのも良いものだと、心から思えた。 「蓮子、二十三時間五十七分の遅刻だわ」 メリーは目を押さえながら、時計を盗み見て告げる。 蓮子は、週末を示した日捲りカレンダーを盗み見ながら、頷いた。 次からは、毎回「遅刻しないでね」を聞くはめになるのだろうと思いながら。 日捲りカレンダーには二十二日、日曜日と描かれていた。 了 壺氏のリクエストで、初めての秘封倶楽部SSです。 リクエストはとっさにネタを思いつく能力を鍛えられるそうですね。 とっさに思いついたプチネタですが、御感想をいただけると嬉しいです。 それでは、今後ともグシャラボをよろしくお願いいたします。 ありがとうございました。 ←TOP |